黙って俺だけを見てろ
「はぁい、レディ」
俺の恋人は、フェミニストだ。
イタリア人の血はひいてないはずなのに、そこに女がいたら口説かないと失礼だ、というイタリア男宛ら。仕事中であろうとプライベートであろうと、変わらない。
仮令、恋人が隣にいても。
二人でデートをしている時だってそうだ。
いつの間にか女どもの輪の中に混じり、綺麗だの可愛いだの口説き倒して、恋人の俺を放っていってしまう。声をかけるとごめんごめんと、軽い調子で謝るが、置いて帰ってもこの調子だ。
付き合う前からずっとこの調子だったが、まさか付き合ってからもずっとそうだとは思いもよらなかった。恋人という関係におさまったら、女からの誘いも女への口説きも治ると思っていた。けれど、アイツの女への異様な軽さは病気のようなもので治ることはなかった。
先に好きになったのは俺だ。折れるしかない。
そうやって自己を押さえ込んでいた。それも限界にきている。
恋人に目の前で浮気されて黙っているような性格でもなかったし、元来執着は強い方だ。メンバーにこの関係は知られていると雖も、公にはしていないのだからアイツはきっと誰のものでもない。
「レン様ー!」
「レン様っ」
「ねぇ、レン様ぁ」
しなだれかかる細い腕。押し付けられる胸。上目遣いに甘えてみせる丸い目。柔らかい肢体。
それを目にするたびに、俺の中でぐるぐると渦巻く感情。ドロドロとした黒いもの。
やめろ。ソイツに触るな。ソレは、俺のだ。
僅かな理性が押し留める。けれど、それも段々意味をなさなくなってきていた。残り少ない理性は辛うじて働き、俺に常識を突きつける。
仮令、恋人であろうと、アイツは俺のものにはならない。俺だけのものではおさまらない。
歯痒い。俺が、もしくはアイツが今の自分でなければ。女であったならば。だけど、女であるアイツに多分俺は興味を持てなかった。男で、フェミニストで、女にだらしなくて、そのくせいろんなものを背負い込んで、抱えきれなくて泣きそうになって、泣くこともできずに蹲っているアイツでないと。
俺だけだ。俺だけがアイツの孤独も寂しさも涙も全部抱えてやれる。
女にだらしがないことを除けば。
いや。
「レン」
女に囲まれたアイツに珍しく歩み寄れば、目を丸くして振り向く。きょとんとした間抜け面は、よく見るもの。女どもにしてみれば珍しいものだろう。「なぁに、ランちゃん」
すぐにいつもの調子を取り戻すところなんかは相変わらずだ。俺の視線に気付き、ふわりと笑ってみせるところも。
「ああ、ごめんね」
それははたして俺に対するものなのか。はたまた、絡みついた手を解いた女どもへのものか。
何れにしろ、もう関係はなかった。
手遅れなんだよ。
身長の割に細こい腰に手を回す。女どもが絡みついていた手も捕らえた。
コイツは、俺のものなんだよ。テメエらに渡してたまるか。
「ランちゃ……」
抵抗も押さえ込んで、制止も振り切った。
晒された首筋に噛み付く。骨ばって、肉付きが悪い。もっと食えって、太れって言っているのにアイドルだからだとかなんとか言ってちっとも聞きやしない。抱き心地が悪い、って言ってんのに。
「んっ」
がぶがぶと、遠慮なく噛み付く。甘い息が耳を掠め、仄かに熱を持つ。
一丁前に人を煽ることだけは得意なもんだから、たまったもんじゃない。
「ん、ん……」
大人しく俺の腕の中で泣くレンに、気が良くなる。女どものあんぐりとした顔に、腹を抱えて笑いたい気分だ。
女を口説きまくるフェミニストが、よもや男の腕の中で甘い女のような声で鳴くとは想像もつかないのだろう。だが、現にこうしてレンは俺の意のまま。
噛み跡に舌を這わすと、腰がひく、と反応した。そっと手を膨らみに伸ばすと、熱を持っていた。
このままここでぶち犯せば、レンは俺のものだと知らしめることが出来る。一生口説くこともさせず、俺の腕の中だけに閉じ込めておける。
しかし、それはしなかった。
腰を解放すると、ガクッと膝から崩折れた。すんでで抱き留める。
荒い、けれど甘い吐息を漏らして、レンは抱かれた。
女達を一瞥すると、慌てて一目散に逃げていく。いつの間にか出来た見物人の波もさぁっと引く。じろじろこちらを窺いながら、俺とレンは取り残された。
「ら、んちゃ……なん、で……」
喘鳴とともに齎された問いに、腕の中の存在を見遣る。じとりと、顔を真っ赤にして睨んでいた。そんな顔で見ても煽るだけだというのに。
「ど……すんの」
何が、と視線で問う。続きを促せば、言いにくそうに口籠って濁した。
それでも待っていれば、漸う口を開く。
「バレ、たら……」
そんなことか。
バレたらも何も公衆の面前で公開プレイしておいて、今更バレるも何もない。オヤジも早々に手を打つだろうが、きっと止まらない。見物人全員を殺しでもしない限り。
そんなことは無理に決まっているので、明日には公になっているだろう。だが、その方がいい。コイツがどう思おうと。
恋人は俺だ。その俺の前で口説くなんてことはもう二度とさせない。
「うるせぇ。黙って俺だけ見てろ」
最初から出来もしない我慢なんてするんじゃなかった。もっと早くこうしていればよかった。
今までのコイツの尻の軽さを思い出し、ふつふつと怒りが湧き上がる。
「……いまごろ」
怒りに煽られる俺を見ながら、レンがそう呟いたのを俺は聞いていなかった。
ヤキモチをやいてほしかった、なんて理由で振り回されたと俺が知ることはない。
     
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