Sleep road
「っふ……、う、ぁ……」
 痛い。痛い痛い痛い痛い。
「ぃいいいいいいいいいっ、あ、ぁ……」
 けれど、何よりも痛いのは、
「レン……レン、レン……」
 キミに後悔させてしまっていること。
 引き裂かれそうな痛みが続く。耐えられるのは、二人の存在のお陰だ。
 でも、なんとなく知っている。
「い、っち……」
 そろり、と手を伸ばすと、応えようとしてくれた。だが、結局伸ばそうとしたところで躊躇するように下ろされた。悲壮感を滲ませて。
 そんな顔をさせたかったわけじゃない。結果的にはそうさせてしまったのはオレなんだけど。
 でも、見たいのはそんな顔じゃない。
「いっち……ねが……っ」
 後悔だけはしてほしくなかった。オレと会ったことも、恋をしたことも、恋が実ったことも、何もかも。
 仮令、オレが一番キミを苦しませることになっても。
「っ、ぎ、ぃ……。あ、……。いっち、後悔はしな、で……オレは、だいじょ、……ね?いっち……」
「れ、ん……」
「お、ねが……っ」
 手を、もう一度伸ばした。キミが掴んでくれなくちゃ、オレは縋りつくことも出来ない。
 後悔をされたら、オレは誰を頼ればいいんだい?
「レン……」
「いっち……っ、あ、ぁああああああああッ」
 刹那、痛みが襲う。まるで、オレを裂いて出てくるようだ。
 いいよ。裂いてもいい。だから、お願い。オレを愛して。忘れないで。ずっと、どんな形でもいい。覚えていて。
「レンッ」
 手に温もりが触れた。
 ハッと顧みると、あんなに躊躇っていたくせに両手でガッチリしっかり握りしめて。キミらしい。臆病で、マジメで。それなのに、なくしたくないと駄々をこねては、躊躇する。
 だから、オレはその手を取って行きたかったんだけど。
「ふ、……いっち……」
「レン……レン……ッ」
 大丈夫。
 そうやって、手を握っていてくれたら。










「こら、待ちなさい」
 よく通る声が、静謐さを秘めた空間に響いた。
「やーだよー!」
 元気な声が、やんちゃにパタパタと駆ける。
 まったく。最初に静かにしなさいとあれだけ言い聞かせておいたのに。年頃の子はそうなのか、人の言うことを聞きやしない。
 一体誰に似たのか―――なんて、あなたしかいませんね。
「パパー!はやくっ」
「ですから、待ちなさいと言っているでしょう。転んでも知りませんからね」
「わっ」
 言わんこっちゃない。ずべっと顔から転んで、可愛らしい顔が台無しだ。
「ふ、ぅ……っぇえええ」
「言ったでしょうに……」
 慌てて駆け寄り、顔を拭いてやる。ここにいれば、きっと、「カワイイレディ。どうか泣かないで」とかなんとか言って慰めるのだろうが、生憎と自分にはそんなクサイセリフを並べる力は無い。
「ほら、泣くのはやめなさい。ママの前で世界一のレディがみっともない顔を見せるつもりですか」
「う、っう……」
「ママにはレディの顔を見せなさい。泣いてみっともない顔なんてダメです」
「う、はい……」
 母親を出すと、途端に涙を拭う。
 生まれた時から、母親の存在を隠すことはしなかった。どんな人だったか、なんでいないのか、求められずともつぶさに語った。それは、後悔はないからかもしれない。
『後悔だけはしないで』
 最後までそう願い続けた通りに。
 今から会えなくなると分かっていても、笑って、生まれたばかりの我が子に触れた。名前を付けることも出来ずに、それでも嬉しい、と。
 その姿を見た時から、後悔なんて出来やしなかった。後悔するということは、きっとあの笑顔も否定してしまうことになる。それは嫌だったし、自分の中でもなんとなく後悔とかは掻き消えた。
 それが、この子に伝わっているといい。そう思うのは、ワガママだろうか。
「さあ、行きますよ」
 今度は自分から伸ばした手を、小さな手は躊躇うことなくとった。
 ああ、やっぱりあなたに似ているかもしれませんね。
 姿かたちは自分にそっくりとよく言われる。目の色は、あなた。
 でも、中身はそのままあなただと。
 そうなのかもしれない。ここにはいないあなたがここにいるようで、それが安らぎになっているような気もする。それは、代わりとはまた違って、私の胸を温かくする。多分、あなたがここにいたという証なのだろう。
「ママー!」
 静謐の最奥、海を背景にして、一つだけ建てられた墓石。「Ren Ichinose」の名前。最愛の人が眠る。
 周りは緑に囲まれ、近くには彼の母親の名前の花が咲き誇る。
「待たせましたね」
『ほんとう待ちくたびれたよ』
 こちらを気遣うように軽口をたたく声が、聞こえるようだ。だが、声は無い。
「ママ、げんき?わたしはげんき!りっぱなレディだよ!」
「ふふ。そうですね。さっきも泣きませんでしたものね。……大きくなったでしょう?」
 そこにいるかのように話してしまうのは、もうずっと変わらない。この子も、ずっと。
写真の中でしか知らない母親に話しかける。
 そっと、髪を撫ぜる。ああ、そうだ。もうひとつだけ似ているところがあった。
「色は私に似ていますが、触り心地はあなたですよ」
「サワリゴコチー?」
 周りがどれほど止めても、この世に産み落とした命。最初は一緒に頑張ろうと言った私でさえ、あなたの憔悴する姿にもうやめてくれと縋りついたというのに。それなのに、あなたはそれでも笑って、頑なに産むと決意した。
 どれが正解だった、とは言わない。けれど、感謝している。仮令、あなたを喪っても、私はこの子に会えたことが嬉しかった。あなたのいない世界も堪えられた。
 いつかは会えるのだと、希望を持てる。
「もう少し寂しい思いをさせますが……待っていてください」
 これは、私のワガママですが。もう少しだけこの子を見守っていたいのです。あなたが見れなかった分、私が近くで見守って、後であなたに教えてあげたいのです。
「レン……愛してます」
 返る声は、ない。
 応えのない海の音を聞いて、すっくと立ち上がった。
「さ、行きましょう。ママはおやすみ中ですからね。長居すると、寝れないとか文句を言いそうですし」
「はぁい」
 パタパタと駆けよって来る子の手を引いて、歩き出した。
「また、来ますね」
 そっと、言葉を残して。





『ふふ。早くしないと寝過ごしちゃうよ』





     
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