Virgin Road
(おかしい……)
 神宮司レンは、ストローを噛んだ。いつもならば、聖川真斗か一ノ瀬トキヤが行儀が悪いと叱り飛ばすところである。しかし、彼は今一人だった。
 スターリッシュは全員出払って、カルテットナイトは仕事だと言っていた。つまり、誰も神宮司レンをかまってくれる人がいないのだ。それはいい。アイドルとして活動していくうちに、神宮司レンは一人であることに慣れつつあった。それはいい意味で。
 だから本来ならば、これもそうたいして気にするところではないのだ。そう。本来ならば。
 が、神宮司レンがこうして外で時間を潰さざるを得なくなっているのは、彼の仲間であるスターリッシュのメンバーのためである。
 昨夜、夜遅くに届いたメンバーのグループメッセージアプリで、一ノ瀬トキヤから時間と場所を指定して「ここに来てください」と一言。その後、付け足すように聖川真斗から「絶対に時間通りに来ること。早くても遅くても許さん」と、何様だというようなメッセージ。
 分かった、と返信はしたものの、神宮司レンは首を傾げた。誕生日はずっと先だ。スターリッシュのメンバーは事あるごとに集まるけれど、今日はそういった集まる関連のことはなかったはずである。しかも神宮司レンがメインのように呼ばれるということは、彼に関わりがあることである。しかし、まったくもって思いつかないのである。
(うーん……イッキのこと?でも記念日も違うし……)
 三年前から付き合い始めた恋人の姿が浮かんだ。
 三十路手前になって、漸く三年目になった恋人との関係はいたって順調である。一年目はずっと傍にいないとダメで、付き合いたてのバカップルという感じが否めなかったが、今ではすっかり落ち着いて熟年夫婦のようだとからかわれる。
 付き合った時からメンバーには打ち明けていた。隠し事が一十木音也に出来ると思えなかったからだ。
 罵倒や気持ち悪がられることも覚悟していたが、予想に反してメンバーは応援してくれた。
(いや……)
 神宮司レンは苦笑した。
 聖川真斗や一ノ瀬トキヤは心配し過ぎて、バレないようにああだこうだ口出ししてきた。
 それも神宮司レンを思ってのことだと思うと、面映ゆいやら嬉しいやらで困ったものである。
 しかし、記念日とは違うとなると、一体なんだろうか。
 その時、スマホが時間を指した。この近くに指定された場所はあるらしい。今から行けば、時間も丁度いいだろう。
 神宮司レンは、カフェを後にした。
 そして、そう歩くこともなく、目的地に着いた。
 が、神宮司レンは歩を止めた。
(教会っ?なんで教会?え、何、懺悔しろってこと?)
 一十木音也と付き合っていることで懺悔しなければならないことはない。けれど、世間はそういう常識から外れたことに厳しい。
(え?もしかしてバレた?朝刊にはそんなことなかったよね?ニュースにもなってなかったよね?)
 今朝はコーヒーを飲みながら、テレビをつけ、ニュース番組を流しながら朝刊を読んだ。ここまでして気付かないわけがない。
 だが、事務所がすんでで差し止めをしたというのならば。
(どうしよう。凄く、行きたくない……)
 風当たりが強いのが分かっているが、懺悔はしたくない。神宮司レンの人生の中で、一十木音也と恋人になれたことは他の何者にも代えがたいことだった。
 今更、なかったことになんて出来ない。
 足が竦む。
 けれど、
(大丈夫)
 メンバーがそんなことを良しとするはずはない。そう思えるくらいには、時間を積み重ねた。
 初恋の女性とも言えるスターリッシュの作曲家である彼女に導かれ、ここまでやっと辿り着けた。そうして、頑なだった神宮司レンの心は柔らかく解れていった。
 そっと、一歩踏み出す。
 大丈夫。
 もう、心は晴れていた。
 が、
「おい、遅いぞ。神宮司レン!」
「は?」
 聞いたことのある声に、踏み出したまま固まる。
(なんで、ここに……)
 そこにいたのは、予想通り、嘗てスターリッシュと「うたプリアワード」を戦ったヘブンズの面々が揃っていた。
「もうっ。遅いと思って探したんだからねっ」
 相変わらず可愛い顔をして典型的なツンデレを発揮するところも変わらない。身長もそうたいして大きくならないところを見ると、実は初めて会った時点で成長期は過ぎていたのだろうか。
 残りの一人は、ずっと無言を貫いていたが、にゅっと神宮司レンの目の前まで来ると、頭を掴んでスタスタと歩き出した。
「え、ちょ、なっ……何っ?」
「行こう」
「はっ?ちょっと、掴まないでっ、ねえ!」
 抗議もさらと流され、心の準備もなく、皇綺羅は教会のドアを開けてしまった。
 心の準備くらいはさせてよ、と文句を言おうとした。
 が、次いで耳を劈いた音に神宮司レンはそれすらも言えなくなる。
 パーンッ、というクラッカー音。鳴り響くパイプオルガンの音色。
「遅いですよ、レン」
「早く来い。待ちかねているぞ」
「え……」
 そこには、白い花々が飾り立てられ、スターリッシュは正装に身を包んで神宮司レンを迎えていた。
 華やかな雰囲気の奥、一人背中を向けて白いタキシードに身を包むのは―――、
「いっき……?」
 最愛の恋人一十木音也。
 応えるように、振り返る。
「レン」
 太陽みたいな温かい笑顔で。
「さぁ、レン君はこれをどうぞぉ」
「え……」
 頭にかぶせられたのは、真っ白で花飾りのついたベール。
 四ノ宮那月に背中を押され、赤い絨毯の上を歩く。
「何してんだ、行くぞ」
 そう言って、神宮司レンの腕をとったのは、マスターコースで先輩アイドルとして同室になった黒崎蘭丸。
「ラン、ちゃん……」
 仕事は、なんて聞く余裕もなかった。
 よく見れば、カルテットナイトも揃っている。
 宛ら、ヴァージンロード。神宮司レンの腕をとって歩く黒崎蘭丸は、父親代わり。
「よっ、レンレンキレイだよー!」
「ホントにな。あれで百八十はあるんだぜ?いらないだろ」
 おちびちゃんだからしょうがないよ。なんて、言う余裕もなかった。
 黒崎蘭丸に支えてもらい、祭壇の前に立つ。
 ずっと神宮司レンを待っていた手がすっと差し伸べられる。
「レン」
 おいで、と。
 神宮司レンは、ここまで連れてきてくれた黒崎蘭丸を一瞥した。じっとこちらを見ている。
 行け、とも、行くな、とも言わない。
 それは、名残惜しんでいるかのようで。
(参ったな……)
 本当に父親みたいだ。と、苦笑が零れる。だが、情けない顔になっていたに違いない。
 事実、黒崎蘭丸は先輩アイドルということもあり、神宮司レンにとっては父親のような、兄のような存在だった。ヴァージンロードを歩き、一十木音也の元へ行くということはその繋がりを断つこと。
 もうこうして手を引かれることもないのか。三十路手前になってもそんなことを考えてしまう。
 それを察したように、黒崎蘭丸は一笑した。
(あ……)
 そうだ。繋がりはこんなところでは消えない。
 神宮司レンは、ふわっと微笑んだ。
 ずっと差し出していてくれた手をとる。
 祭壇には、何故か愛島セシルが牧師の格好をして待っていた。
「あれ?セッシー……」
「この日のために、用意シマシタ」
 相変わらずのカタコトな日本語で、愛島セシルは笑った。
 この際、何処かの国のそれっぽい宗教国家の王子ではありませんでしたか?という質問はヤボなのだろう。
「えーっと。分かりにくいデスネ……はい、病める時も健やかなる時も、互いを愛することを近いマスか」
「ちょ、セッシー……っ」
「セシルーちゃんとやってよー」
 すっかり気が抜けてしまった。
 神宮司レンは噴き出し、一十木音也は肩から力が抜けてしまったようだ。
「イイのデス。問題はありマセン」
 ありありだよ。と思ったが、神宮司レンは口を閉ざした。
「はい」
 と、代わりに応えて。
 隣で、一十木音也が息をのむのが分かった。
 何を驚くことがあるのか、と思ったが応えを待つこと数瞬。
「はい」
 やがて、神宮司レンの望む応えが聞こえた。
「それでは、誓いのキスを」
 互いに向かい合う。三十路手前にもなると、すっかり成長して男らしくなった顔立ちが神宮司レンを覗き込む。
 ベールが捲くられた。
 精悍となった顔が、そっと距離を縮める。
 何度も重ねた唇が、まるで初めてのように鼓動を打った。

     
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