最初は近寄りがたかった。
初期刀ともなんとか話をできるようになった矢先。神経質そうで、風流を解さなければ即座に切って捨てられるんじゃないかと怖くもあった。いつも遠巻きに見ていた。
初期刀に大丈夫と背中を押され、ずっと後に来た弟分にも押され、やっと話しかけられた。
秀麗な横顔は、庭先の花々を眺めていた。じぃっと長いこと見ていたので、きっと歌でも考えているんだろうと思った。節会を開きたいと言っていたというから。
参加したくないけど許可してあげないとと思った。士気に関わるしダメな主だと思われたくなかった。
「ああ、主」
笑顔を向けられ、きょとりとする。
「ふふ。今日はいい日だ」
いやに上機嫌だったので不思議に思って訊ねると、透き通った目を柔らかく細めた。
「あまりにも庭が綺麗でね。つい足をとめていたら君が話しかけてくれた」
たったそれだけのこと。けれど、彼にとっては歌や花と同じくらい嬉しいことだったのだ。
喜んでもらえて、嬉しくならないわけがない。好きにならないわけがない。
それからは猛勉強だ。風流なんて箸にもひっかからないけど、すこしでも理解したかった。あの日彼が笑ったものを分かりたかった。
よく見てみると、彼は感情豊かで、よく笑った。本当に些細なことで感嘆する。花が咲けば花見をしたいと言うし、うまく料理が作れたら歌にしたいと言うし、厩当番が終わればまた歌にしたいと言う。
たぶん、ひとつひとつの物事を大事にするのだと思った。
とても素敵なことだなと思った。ほんの小さな出来事でも綺麗と思えたり、嬉しいと感じるなんて綺麗な人なんだなと思った。そう思うと、今度は逆に近寄りがたくなってしまった。あんまりにも綺麗すぎて。
少し距離を置いても、やはり彼のことは視界に入るし耳にも入る。近侍も気を遣って逐一報告してくれる。ありがたく拝聴しつつ、しょんぼり肩を落とす。彼の主でいる自信がなくなっていく。風流はいまだにわからないし、あんなに綺麗に物事に感動出来ない。まるで自分が汚い人間みたいだった。
彼への印象が再び変わったのは、激しい戦帰りのこと。
「寄るなっ」
返り血を浴びた彼へ、怪我はないかと手を伸ばした時。激しい恫喝を受けた。
束の間、彼は自分自身に驚いたようで目を丸くし、稍あって、謝罪を入れた。
「いやぁ、今日の歌仙はすごかったぜ」
「そうそう。敵の喉かっさばいたかと思ったら足蹴にしてたからね。こう、ぽぉんと鞠みたいに」
「鞠……」
「たまにああやって気が昂ぶる時があるけど、今日は特にすごかったよ」
また知らない、彼の一面。
純真無垢で、綺麗な人だと思ってたのに。
考えてみれば、本来は刀なのだ。戦に出ることを誉とする刀にそういう一面があってもおかしくはない。いや、そちらが本当なのか。
不思議と侮蔑だとか拒絶はなかった。漠然と彼の知らない一面が、すぅっと溶け込んでいくようだった。
手入れを施すと、もう一度すまないね、と静かな声音で言われた。
うん、と頷いた。
それから、彼のことをよく耳に入れるようになった。
聞けば、戦場では烈しい気性らしい。意外だ。他の面々も止めに入ることが多いそうだ。あの弟分まで手に余るとこぼしていた。
あんなに綺麗な目で、些細な物事でも感動するような、純粋な人。けれど、戦場では敵を狩り尽くす。
たぶん、どちらも本当。
私が好きになったのは、綺麗な彼。
じゃあ、もう一人の彼は?
烈しく、敵を屠り、血を浴びる。嫌い?それとも、好き?
ううん。好きじゃない。
けれど、嫌いになる理由にはならなかった。
「ねぇ、歌仙」
「なんだい、主」
珍しく彼の開いた花見に参加した日。他の面々は先に帰り、彼と二人で後片付けを請け負った。
賑やかな雰囲気から一転、静かな空気の中。物音だけが大きく響く。
「私ね、歌仙のこと怖かったの。風流なんてわからないから切られちゃうって」
「そんな無粋なことしないよ」
「本当?」
本当だとも。苦笑をこぼす。
「主へ刀を向ける時はそれ相応の覚悟がいるからね。風流を解さないくらいで切ってたらきりがないし、なにより君はちゃんとわかろうとしてくれただろう」
「知っていたの?」
「言葉の端々からわかるものさ。僕はそれが嬉しかったんだよ。本当に。君が主でよかったと心の底から思った」
まっすぐに見つめ、にっこりと笑った。風流なんてちっとも考えていないような。けれど、とても綺麗だと思った。
「誰かを理解したいと思う心は美しいし、理解しようとする行動も美しい。ああ、実に風流だったんだよ」
「ありがとう」
「それは僕の台詞さ」
存外、見ていてくれるというのは嬉しいものだ。
歌仙もこんな気持ちだったのだろうか。なら、初めからそうすればよかった。
「歌仙」
「なんだい。主」
「今度、お茶を教えてちょうだい」
「いいよ」
「お花もよ」
「もちろんだとも」
彼は、頷く。柔らかな笑顔を浮かべて。
私はこの笑顔をずっと見逃していたのだ。とてももったいないことをしていた。そう思うと、次から次へと欲が湧いてきて、あれもこれもとせっついた。
そんなにあれもこれもは無理だよと言われ、はしたなかったかしら、と肩を落とす。
「言っただろう?君の気持ちはちゃんとここにある」
「歌仙はなんでも手にしてしまうのね」
「君が一生懸命だからだよ」
「どういうこと?」
答えは、なかった。
ひとつ笑顔を返して、先に戻っていってしまった。
歌仙の後ろ姿を見送って、一人取り残される。
今日はたくさん話してしまった。はしたなくなかったかしら?ちゃんと話せていた?私は欲張りじゃない?
あとからあとからああすればよかったと気を揉む。近侍が迎えに来るまで、頭を抱えて蹲っていたせいで余計な心配をかけることになるのはすぐのことだった。
     
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