「雅じゃない」
 なんてことはない、いつものセリフだった。
 彼にしてみればそれは真実本心を言ったまでのことであり、ほとほと嫌気がさしていたのだろう。だが旧知の同胞たちであればああまたかくらいのことであり、新しく加わった同胞たちですらそう思うのだから。
 しかし、この日は違った。
「まったく雅雅って……そんなに雅ばっか言っているさ君が雅じゃないんじゃないかな?」
 なんともまあ普段おっとりとした気質の男は、その額に青筋を浮かべ、これまた腹の立つくらいにっこりと笑った。
 今しがた件のセリフを吐いたばっかりの男は、秀麗な顔立ちに皺を寄せる。風流を愛する男ではあるが、どちらかというと拳で語る気質なのはこの本丸ではおなじみこことである。
「なんだって?」
 やけにその一言が重かった、と近くで見ていた同胞はのちに語った。背中に冷たいものが走るとはああいうことを言うのかと。
 閃光が飛び散る。
 重なった視線は今にも相手を射殺さんばかりであった。
「風流だの雅だの押し付けるのはやめてくれないかな?鬱陶しいんだよね」
「貴様……よほどの物好きだな」
 よもやこの僕の怒りを進んで買いたいとは。
 いいだろう。
 言葉では語らなかった。
 互いの本体が顕現される。一方は腰にかまえ、一方は鞘を捨て抜刀した。
風が、凪ぐ。まるで切られることがわかっているかのよう。怯え、逃げ、隠れているのであろう。
 ちゃきり。鍔が鳴く。敵を睨み据えた。
 音という音が消えた。次いで、閃光の音が消えた。ただ相容れない光だけがかち合うだけだ。音なきそれはより熱く弾け、触れることすら容易ではない。
 呼吸が止まる。否、無へと帰す。
 脳裏で数える。
 いち、に、さん――
 刀と刀がぶつかる。
 抜刀の速さで一気に相手の首を狙った歌仙と、初動の振りかぶりで真っ二つに叩き斬ることを狙った髭切との刃が交わる。
 ぎり、ぎり。ともすれば、お互いに刃が欠けるほどの力だった。
 間近で吐息を感じる。呼吸ひとつ、視線ひとつから相手の動きを読み取ろうと、睥睨の中に探りを入れる。しかしどちらも相当の腕であり、容易くは動きを読ませない。
 それだけではない。一瞬でも気を抜けば力負けしかねなかった。切られる。本能が叫ぶ。
 首と命をどうしても落としたい。
 だが、かなわない。
 思考が交錯する。
「貴様っ、万死に値するぞ…!」
「じゃあ君には億は死んでもらおうかな」
 力と力が拮抗し、弾ける。後ろにとび、瞬時に距離を詰める。一合、二合。剣戟が続く。今度は一瞬一瞬の打ち合いだった。
 雅、風流が口癖でありながら剛の剣を持つ歌仙を、髭切の飄々とした剣が受けとめる。しかし、なにも剛だけではない。時には柔く攻めることもあり、変幻自在の剣を受けるのは正直きつかった。流石は名工の作。
 しかしまだまだ負けてはいられない!
「やぁああああっ」
「はぁああああっ」
 それを横目に、2人の男が刀を向けあった。
「よう、楽しいことしてんなぁ。俺らもいっちょうやってみようじゃねぇか」
「若僧が。いきがるのも大概にしろよ。俺は兄者と違って遊んでやれんからな」
「じじいはさっさと耄碌しとくんだなぁっ」
 ぶつかる。一合、二合。
 はやさを競う剣がくりだされる。
 なるほど、流石殺しの剣と謳われるだけある。膝丸は感心した。相手を殺すためなら手段を選ばない。いっそ小気味いいほどだ。
 膝丸も負けてはいなかった。だてに長く生きてはいない。和泉守の暗殺剣をひょいとかわし、その隙を突く。
 横からの攻撃を腕一本で防ぐと、同じ方向から蹴りが入る。すんでで反対側の足で止める。
 にやり。次の瞬間、なんと反対の足で砂を払う。
「そぅらよ、目潰しだぜ?」
「小癪な…!」
 身軽に着地し、後方へとんだかと思うと一気に距離を詰める。
 片目を瞑り、砂煙の中を突っ込む。
「馬鹿め。気配が丸見えだぞ!」
「見せてんだよっ」
「なにっ?」
 言うか否か、はっと気配を感じて慌てて身を伏せる。舌打ちが聞こえた。
 目の前の気配が自身の後方へとぶのを感じる。
 あの馬鹿が!己を投げやがった!
 しかし、これなら動きが丸見えだ。油断を突くが、少し遅い。鞘が防ぐ。
「へっ。なかなか慣れてんじゃねぇの」
「おまえもな」
「俺はこれが本業なんでね」
「大事に仕舞われていようと、刀の本分は抜けまい」
「なるほど」
 事実、宝刀の名が高い膝丸ですら血に飢えているのだ。それは実戦剣術となんら変わらない。魂に刻まれた本懐だ。
     
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