旦那は伴侶がかわいい
「鶴丸殿、お覚悟ぉっ!」
「ぶっふ!」
 背中に強烈な衝撃を感じた瞬間、鶴丸国永は顔面から壁と挨拶を交わした。
 常日頃、驚きを求めて放浪しているが、こんな驚きは滅多にない。痛いのは好きではない。
「一期一振、何するんだ!」
「ただのストレス発散ですが?」
「は、はぁっ?」
「どうです? あなたのお好きな驚きですよ? 喜んでくれてもいいんですよ」
 重ねて言おう。鶴丸国永は驚きが大好きだ。が、痛いのは決して好きではない。寧ろちょっとやだなぁ、と感じる。
 ハッキリ言おう。こんな驚きいらなかった。
「何故俺で……」
「姑の嫁いびりから逃れられるとお思いか」
「……」
 鶴丸はそろっと目を逸らした。
 ちなみに、嫁ではない。婿だ。決して言わないが。
 一期一振には若君がいる。実の子供ではない。審神者と同族の間に産まれた半神半人の子供だ。一期一振はたいそう若君を可愛がり、やっと立てた時などはプロカメラマンの腕前を見せたほどだ。
 ちなみに、この若君には妹姫もいるのだが、可愛がり方は比ではない。蝶よ花よ、目の中に入れて自慢して回りそうなほどだ。
 鶴丸国永は、かれこれ少し前に若君を伴侶に迎えた。
 ただでさえ、神の末席に名を連ねる身上と人の間に出来た子供は珍しい。歴史修正主義者が現れ、人と刀剣達が戦うようになって多くなってはいるが珍しいことである。
 しかし、ここの本丸では更に珍しいことに子供が一人だけではなかった。大抵、刀剣と人の間では一人くらいしか生まれないのが常である。
 同族達はこの世にも珍しい慶事を主以上に喜び、若君も姫もそれはそれは可愛がった。
 しかし、鶴丸国永は違った。
 そもそも、若君と姫が産まれた時鶴丸はまだ本丸にはいなかった。姫が産まれたその日に本丸へ迎えられ、その日のうちに産まれたばかりの姫と対面したのだ。











 ずっと声が聞こえる。
 何を言っているのか。どんな声なのか。まったく分からない。これが声だと分かるのみだった。
 声に導かれるまま辿ると、鶴丸を待ち構えていた部隊に出迎えられた。なんとなく、ここだと思った。
 彼らへ先導され後を追う。
 すると、本丸の中では産声が聞こえてきた。途端、彼らは鶴丸を放って我先にと走り始めた。置いて行かれた鶴丸はぽかんと呆け、同族の気配を追って産まれたばかりの赤子と対面した。
 猿みたいな顔の姫だった。
 ここか。思ったが、なんとなく違う。
 ぼんやり見遣る鶴丸へ、主となった審神者は抱いてやってと姫を腕にくれた。丁寧に抱いてやると、しわくちゃの顔を覗かせる。
 違う。
 それは、確信へと変わった。
 可愛い。まだ善も悪も知らぬ、染まらない無垢。
 似ているけれど、違う。
 確信を抱いたところへ、大きな同族が腕に子供を抱いてやってきたのである。二つか三つだろうか。まだ猿の痕跡を残している。
 瞬間、鶴丸の中の何かが引っ張られた。
 大きな同族から子供を奪い取り、腕に抱く。きょとんと目を丸くした子供は、にっこりと笑った。鶴丸の手を指で弄ってきゃっきゃと笑う。
 声が、重なった。
 この子だ。間違いない。ずっと呼んでいたのは、いつしか鶴丸自身も求めていた声だ。
 慌てふためく同族達を放って、主であり、子供の母へ地面に頭を額づけた。この子供をくれ、大事にする。そんな言葉を言った。
 ふざけるな、とか、誰がうちの若君を、とか。同族から罵倒が飛んできたが、審神者はふっと笑った。
 そして、いいわよ、と肯いたのである。











 その日から、鶴丸はたいそう若君を可愛がり、つい最近両親と本人の許諾も得て正式に伴侶へと迎えた次第である。
「ああ。私が大切にお育てした若君がこんな何処の馬の骨とも知れない男の下へ行ってしまうなど……。若君には私が厳選した姫を選んで差し上げたかったのに……」
 悉く同族へ婿探しも嫁探しも邪魔された一期一振は頭を抱えて項垂れた。そこまで言うなら自分が娶ればいいのに、と一度洩らしたらこっ酷く叱られたからもう言わないと決めた。親ばかもここまで来ると逆らえない。
「一期君、主が呼んでいるよ」
 さて。この驚きのない時間をどう過ごすか。胡坐をかいたところで、嘗て主を同じくした同族が一期一振を呼びに来た。がばぁっと頭を上げ、凄まじいスピードで振り向く。
「誠ですか、燭台切殿!」
「加州君と長谷部君が暴走しそうだから一緒に止めてほしいって」
「ああ。放っておけばいいんですよ。青江殿の自業自得ですな」
「い、一期君……」
 折角助け舟を出してくれたのに、これでは元も子もない。黙っているつもりだったが、明らかに雲行きが怪しくなってきたので助け舟を出すことにした。
「それより、燭台切と一期一振は厨当番の日ではなかったか?」
「ああっ。それは失礼いたしました。燭台切殿」
「あ、ううん。いいよ。薬研君が手伝ってくれているし」
「本当ですか。それは良かった。後で薬研にも礼を言わねば。それでは、鶴丸殿。失礼いたしました」
「おう」
 去り際、苦笑を残して言った男を伴って一期は厨へ向かった。
 同族の気配がまったくなくなった頃を見計らって、鶴丸はそうっと襖をあけた。
「で、若君はいつまでそこで隠れ鬼をしているつもりかな」
「ばれたか」
「君、俺が蹴飛ばされた時大笑いしていただろう。一期は気付いていなかったが、笑い声が聞こえていたぞ」
 にやっと笑った若君は押入れの中から出てくる。
 姫よりも男らしい顔立ちで、鶴丸よりかはずっと細い男の身体だった。
「姫が悪い男に攫われたようだぞ」
「ああ、いいんじゃね?」
「兄君は冷たいお方だ」
「だって、早く子供の顔見たいからさ」
「ほう?」
「俺達には無理だから、アイツらの子供一人貰って育てる予定なんだ。だから、若い内にさっさとたくさん産んでくれないと」
 密かな野望を話す若君へ、鶴丸はくつりと笑みを漏らした。なんとまあ、可愛いことを。鶴丸と離れて、女を抱けば子供も出来るのに。若君にはその選択肢は始めからなかった。
 だが、思い違いもしている。舐められては困るなぁ、と今のうちに訂正をしておくことにした。
「俺を侮ってもらっては困るな。弟子とは雖も、あの三条に縁のある五条の刀だぞ? 神の末席と雖も、三条に続く俺に不可能があると思うか?」
「つる?」
 幼い頃より変わらない、舌足らずな呼び方にほうっと息をつく。
 若君の筋肉でしっかりした腹をそろと撫でる。肩が跳ねたのはいい傾向だ。しっかり身体に教育出来ているということだ。
「ここにややを宿すくらい、造作もない」
 君の覚悟が足りるならば。
 鶴丸の唇を辿った若君がほんのり顔色を蒼褪めさせ、うっそりと笑みを零した。
     
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