父親(仮)は娘がかわいい
「青江殿、お覚悟ぉっ!」
「ぐっへぇっ!」
 何かが潰れたような、否、もっと気持ちの悪い何かが潰れたような声。次いで、肌を打ちつける音と、ぶつかる音。
 いくつもの声と音を生み出した張本人は飄々として、優雅に埃をはたいていた。
 壁に穴が開くほどにのめりこんだ同族を見おろす。突然の来訪に身構える間もなかったため、なす術もなくされるがままになった結果だ。
「ふふ。随分と激しいね。……拳のことだよ?」
 にっかり。彼の名にふさわしい笑みを浮かべる。
 かと思えば、キッと双眸を鋭利に尖らせた。
「って言うと思ったかいっ? 何するんだ、一期一振!」
「言っているじゃあありませんか」
「はっはっはっは! 君も冗句がお好きと見える。そうだよねぇ。君、太閤の刀だもんねぇ! 僕は繊細な京極の刀だからきっついんだよ!」
「[[rb:女 > むすめ]]子を切っておきながらよく言えたものですな。あっぱれですぞ」
「チクショウ!」
 嘗て日ノ本の国を掌中に収めた男の寵愛を受けた刀は、流石というべきか口まで達者だった。一度焼けて元の性格まで変わってしまったのではないだろうか。元よりこんな性格なら、きっと太閤の気性が移ったに違いない。
「私の可愛い女に変なことを教えないでいただきたい」
「……君、あの子あれでも十を超えているんだよ?」
「だからなんだと言うのです。蝶よ花よと育てているというのに、あなたのせいで嫁に行けなくなったらどうしてくれると言うのですか」
「寧ろ本望だね! 変な男をひっかける前に僕がひっかけに行くよ!」
「だまらっしゃい!」
 ぴしゃりと怒鳴りつけるが、幽霊退治の逸話を持つ刀は唇を器用に尖らせただけだった。
 一期一振は女を目に入れたいほどに可愛がっている。それこそ、何振りもの弟達以上に深窓の姫君宛ら。
 女は一期一振の子供ではない。この本丸の審神者と、彼らの同族の間に産まれた唯一の半神半人の子である。
一期一振と同じく、本丸のどの刀剣も妹か女のように可愛がった。粟田口兄弟は妹が出来たと喜び、しょっちゅうかまってやっている。一期一振を筆頭に女の害と判断された者には容赦ない鉄槌を浴びせるまでに逞しかった。
 一期一振なぞは姫君同然に育て、しかるべき婿君を用意する手筈まで整えている。
 唯一振。にっかり青江を除いて。
 青江は生まれてから女を蝶よ花よと育てることはしなかった。妹のように可愛がるわけでもなく、初めから「女」と見ていた。唯一の伴侶と定め、まだ這いも出来ない女の唇を奪い、果ては操まで奪おうとした。全刀剣が殺す気満々で剣を抜き、審神者に止められなければ今ここにいなかったかもしれない。
「一体どうしたらそこまで煩悩に犯されることが出来るのやら。太閤の寵愛を受けた私ですらわかりませんな!」
「教えてあげようか? 手取り足取り腰取り。……煩悩のことだよ?」
「結構!」
 うっそりと楽しむ同族へ侮蔑をくれると、一期一振はドスンドスンと足音を立てて部屋を後にした。
 体勢を立て直し、節々の痛みに呻く。あの親ばか本気でやりやがった。
 これは後で父刀からもこっ酷く鉄拳制裁を食らうかもしれない。兄のところへ泣きつこうか。あ、まだ兄は来ていなかった。仕方ない、主のところへ逃げ込もう。
 同族と違い、青江の恋路を微笑ましく見守っている審神者を思い出して今夜の寝床を決めた。
 ふと、ひっそりと小さな足音に気付いて耳を欹てる。こちらへ向かう一つは聞きなれたものだった。
 足音は青江の部屋の前で止まると、窺うようにしていた。
「……はいっておいで」
 声を潜めて言うと、足音までもが浮足立つ。
「青江!」
「さあ、おいで」
「うん!」
 まだまだあどけない顔立ちの女は、青江の広げた腕の中へ飛び込んだ。きつく抱き締めるとこそばゆいと笑う。
「ごめんね、青江。いちにぃ、怒っていたでしょう?」
「いいよ。許してあげる」
 青江が怪我をしていないか心配して様子を見に来てくれたようだ。まったく可愛らしいことこの上ない。ドロップキックされたことも、壁へ打ち付けたことも黙っておこう。
「それより、他の男の名前を口にしないで、僕への愛だけを紡いでくれるかな? この可愛らしい唇で」
「えへへ。わかった!」
 希望通り、愛をたくさんもらった青江は中傷だったものの桜を満開にしていたと言う。
「っ、あ・の・や・ろ・う……!」
「切る」
「まてまてまてまて」
 一方、青江の部屋近くに来ていた主命厨の一振りと、同じく愛されたがりの主大好きな女の父親が審神者に止められていたのはまた別な話である。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
「主、止めないでください。これも主命です」
「出した覚えないけどっ? って、あなたもなにやってんの! 娘の恋路を邪魔しない!」
「大丈夫。沖田君みたいにスパッとやるよ」
「魔王のように圧し切って見せましょう」
「だからやるなつってんだ!」

     
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