小さな年端もいかぬ子どもには、多くの兄弟がいた。一番上の兄を筆頭に、性格が正反対の二人、それからどんぐりの背比べのようにどっこいの小さな兄弟達。
 遅くに来た自分を、兄を含めて大歓迎してくれた時は嬉しくてたまらなかった。
 一番上の兄などは抱き締めて放してもくれなかった。息が出来ないくらいきつく。
 長兄は本丸へ来た時から何かと世話を焼いてくれた。分からないことがあったら言いなさいと言っておきながら、首を傾げる前にあれこれと教えてくれるものだからいつまでも乳離れ出来ない稚児のよう。兄弟に笑われると怒っても、そうだね、と言いながらニコニコとつきっきりなのでこれは自分が諦めるしかないのだと悟った。
 だが、同時にむくれてもいた。
 もう一人の、兄弟のように同じ時間を過ごした同族が素知らぬふりをするのだ。話しかけても単調な応えしかないし、冷たい感じがするのだ。
 本当に冷たい男だ。
 そう言えば、同じ城にいた時も冷たかった気がする。鋭い目はじろりと睨んでくるし、ちっとも変わっていない。
 だが、違う気もした。
 あの同族は確かに冷たいところが殆どというかほぼ全てだが、かと言ってそれだけならば会うことを楽しみにもしない。がめつい自分を叱り飛ばして、馬をもひょいっと越える速さですっ飛んでくるのだ。
 おかしい。あんな風に冷たいだけの男ではなかった。ほんのちょっぴり怒りんぼうなのだ。鋭い目をぎゅっと寄せて、眉も寄せて、口を大きく開けて叱り飛ばすのだ。捕まったら尻をはたかれる。
 ある日、本人へ訊ねてみた。どうして昔のように話さないのかと。
 同族は目を瞬かせ、やがて飄々と言った。
「今度は兄がいるだろう」
 なんだ。この男は。つまり、兄のつもりだったとでも言うのか。
 いや、確かにそうだ。兄にも等しい。けれど、違うのだ。等しいのであって、同じではない。兄弟とはまた別なのだ。
 怒りに震え脛を蹴飛ばし、罵ってやった。バカ、アホ、わからずや! おまえなんか兄じゃない! 兄弟は粟田口の仲間だけ。なんで違うと分からない!
 何を言っているのか。自分でもむちゃくちゃだと思った。
 しかし、どうやらこのトンチンカンな同族には伝わったようで、そうだな、と頭を撫でられた。
 すまない。
 わかればいい。と、可愛くもない言葉を向けたものの、頭に乗ったその手を払いのけようとはしなかったのでバレバレだったかもしれない。
 それから少しして。もう一振りの同族がやってきて、あの男が兄弟に遠慮していたというよりかは怒りのタネが少なかっただけだと分かったのはまた別の話である。











「博多!」
 一瞬だった。
 敵の一撃がぐんと入り込み、与えられた仮初の身体を貫かんとした。
 押し寄せる夥しい数の敵。兄弟と床についていたため、大きな長兄に守られつつ、夜目のきく目で共に戦っていた。
 主はご無事だろうか。
 ポツリと兄の声が漏れたのを、聞き取った。
 主。
 この本丸にいられる理由。
 案じるのは、別な人達だった。
 頭を過った一瞬の隙を狙い、敵が懐へ潜りこんだ。
 死ぬ。
 おかしいことだ。死はまったく別の世界。我ら神の眷属にあっては関わりなきこと。
 けれど、その瞬間、確かに脳裡を過った。
 それは、兄弟達との別れで。
 それは、兄弟のように過ごした同族達との別れで。
 それは、とても寂しいことだ。
「博多ぁっ!」
 悲鳴。
 そんな声をあげたらいけない。まるで女子供のようだから。カッコいい兄なのに、自分達のことになると滅法弱くなる。
「いち、にぃ……」
 手を伸ばす。
 刹那、煌めく剣。
 否、
「おう、危なかったなぁ。博多!」
「にほんごう……」
 槍。
 モップのようにふさふさとした先端と、スパッとなんでも切れそうなもう片方。
「日本号!」
「おうおう、元気だなぁ。子供は風の子ってかぁ?」
「おっさんくさくて元気ばなくなったとよ!」
「おまえはぁ!」
 頭をぐりぐりとされ、博多はきゃっきゃと笑った。なにより、生きてもう一度会えたことが心に余裕を齎した。
 だが、二人を一喝するのは長兄だった。
「ここは戦場ですぞ!」
「わりぃわりぃ」
「長谷部は大丈夫かね?」
「アイツがここへ行けって言ったんだよ」
「なら、いくばい!」
「おう!」
 懐かしい戦場を思い出し、二人はニッと笑った。











 本丸は屍の山だった。否、屍というには尚早。正しくは、眠りの山だ。
 全員眠っている。深い深い眠りの中、深手や軽い傷を負いながら、夢から覚めたくないとでも言うようにぐっすりと。その夢の淵で何を見ているのか。
 だが、彼女にはまったく関係ないことで。次に見つけた刀剣もおもいきり頬をはたいて起こしたのである。深い傷を負っているというのにだ。
「起きて! 起きて。おーきーてー!」
「っ……」
「起きた? ねえ、起きたの? 起きたわよね? じゃあ今すぐ手入れ部屋へ行って。和泉守がいます。後は彼の指示に従って。私は他の人達を起こさなきゃいけないから連れて行ってあげられないけど、もしも起き上がれそうにないのなら他にもいっぱい起こしたからきっと誰かが来てくれると思うわ。大丈夫男なんだからがんばって! 人間の、しかも女よりも大丈夫よきっと! 神様なんだから!」
「審神者様、それは些か暴論といいますか……」
「じゃあ、行きましょう。こんのすけ」
「お、お待ちくだされ。審神者様! 審神者様ぁああっ!」
 それは、嵐。
 腹痛やら頭痛やら身体中をあらゆる痛みで呻く間もなく行ってしまい、ぽかんと呆ける以外なかった。
 起き上がるにも身体中に激痛が走っていたので、暫し救援を待つことに決めた。
「俺、刺す事しか出来ないんだけどなぁ……」











「鶴丸さん、鶴丸さん!」
「……おや、そこにおわすのはかの有名な伊達公の一振り燭台切光忠ではないか? いやあ、これは久方ぶりだなぁ。驚いたぜ」
「冗談言ってる場合じゃないよ!」
 全然カッコよくないから! カッコよさに一倍こだわる同族は容赦なくピシャリと言ってのけ、もう一振りの同族、それから二つ離れた部屋にいる二振りの同族を起こした。
 鶴丸は自身の掌を握ったり開いたりと感覚を確かめ、ほうと記憶のかけらを辿った。道筋がやけにたどたどしく、これは追いつくまでにどれくらいかかるだろうか。
「おい、大倶利伽羅。君はどうだ?」
「……」
 無口な一匹狼は暫しぼうっとしていたが、やがて立ち上がるとさっさと部屋を出てしまった。
「おいおい。返事くらいしてくれてもいいだろう?」
 後を追おうとして、脇腹の痛みに苛まれた。
 赤く鮮血を滴らせるそこを抑えると、痛みが身体中を走った。
「ははっ。これは一刻も早く思い出さないとまずいな」
 本当に鶴になってしまうぞ。
 けれど、もうくたくただった。起きたばっかりなのに視界はどうにもぐらついて、鶴丸はパタリとまた倒れた。
「鶴丸さんっ?」
 同族の負傷に気付いていなかった男は、血の海に溺れようとしている姿に顔を蒼褪めさせた。
「獅子王くん、鶯丸さん! 早く! 鶴丸さんが……鶴丸さんが!」

     
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