人の夢
小さな頃から、少しでも目を離すことが出来なかった。
ちょっとよそを見ればどこかへ行ってしまいそうで手ばかり握って、近所のおばさまがたにはまあまあ仲のいい兄妹ねなんて微笑ましく見られたものだ。幼心におばさまがたの微笑ましい言葉に違和感があったものの、その正体がわからず首をかしげたものだ。
「あきこ」
小さな妹は年はそれほど変わらなかったが、男と女では異なるものなのかそれはそれは小さく見えて、たった一人の妹を大事に思っていた。
大きな目が向いて、きょとんと和らいだ。
稍あって、伸ばした手に同じものが、否、小さなそれが重ねられる。
真っ赤な夕やけがもうすぐ顔を出す。真っ暗になるまですぐだ。その前に早く帰らねば。みんな心配する。自分は兄だから、誰かを心配させるようなことはしないのだ。
妹の歩幅にあわせて、帰り道を二人で辿る。
繋がれた手をじっと見つめて、妹は手を引かれる。危ないから前を見るように言っても、返事はするのにかわらなかった。
夕やけが顔を出す前の優しい色の中を、小さな二人が映し出される。
殊の外、この色が好きだ。
やさしいやさしいこの色は心臓のあたりがきゅうとなって、優しいものでいっぱいになる。それは、何かに似ているのだけれど、言葉も思考も拙くて出て来ない。
けれど、知っているのだ。妹もこのやさしい色を好きだと。
「あきこ。あぶないよ」
「うん」
すぐそばを自転車が走り抜けた。勢いのいい風から少し距離をとった。妹もそれにならう。
妹は口数が少ない。自分も特に多い方ではないと思うが、妹と二人になるとぐっと少なくなる。いつもなにかしら考えているようで、そこまではわからなくて。
もっと話したいことがあった気がする。
もっと好きなものがたくさんあった気がする。
ずっと知っている気がする。
風は凪いで、優しく通り抜ける。
静かな帰り道。この時間が好きだ。手を繋いで、二人で歩く。たったそれだけの時間。
影が伸びて、川面がやさしい色をつけられて、アスファルトが家路へのびる。なんの面影もない。ながいながい道のりがはてしなくも遠く、子供が歩くには危ないけれど楽しかった興奮も冷めやらぬ。
「あきこ」
ずっとずっとこうして手を繋いで歩きたかった。
言葉もなく、いらない、やさしい時間を過ごしたかった。
けれど、妹が妹であることが少しばかり胸をきゅうっとしめつけるのはまだわからなかった。
「彰子」
遠い昔、そうやって呼んだような記憶も、まだ。
     
return
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -