最愛
「ふふ」
甘い声が、ころころと笑う。
それは確かに自分と同じものであるはずなのに、どうしようもなく甘く、腹にほんのりと響く声だった。
ちょっとだけ顔を顰めて、口をへの字にまげる。
「……あのなぁ」
ぽつり。溢れたそれを受けとめ、優しい色の瞳が向く。柔かく細められたそれは見るものをうっとりとさせるほどの甘さを含んでいた。
もうひとつ溜息をこぼす。
すると、こぼした先から拾うように唇が押し付けられる。一瞬で離れ、温かな視線が焼け付くようなあつさと勘違いしそうな距離にあった。
にっと笑って、定位置と化したそこへ戻る。
またか。言葉は、飲み込んだ。
膝上なら可愛げもあろう。腹なら、擽ったくもなろう。
何故そこに。
自身の胸部に鎮座するふんわりとした髪へ、辟易したものをわき上がらせる。
溜息とともに紫煙を吐き出した。
膝上ならば猫のように可愛がりもしよう。腹の上なら子供のようで優しく髪でも撫ぜよう。
何故。何故、胸の上なのだ。ちっとも可愛くない。可愛がりたくない。ただれた大人のあれやこれやが怒涛のよう。大人の余裕で可愛がってやりたいのに紫煙を燻らせるだけだった。
ああやだやだ。
この我が物顔で胸の上に頭を鎮座させるこの男が。満足げに可愛い顔で笑っているのに、ちっとも可愛いと思わせてくれない。腰あたりに伸びた髪を弄んで猫のようなのに。顔を押し付けてみたり、唇で食んでみたりと、可愛いのにどことなく可愛げがない。
「ねぇ、クー」
「あ?」
二人の時だけの呼称は、もう慣れてしまった。
けれど、人前でキャスターと呼ばれても分かってしまうようになった。そこに含まれる甘さだとか柔らかさだとかが違った。マスターもそろそろ気付いてしまいそうだからやめさせたいのにこの顔を見ると出来そうにもなかった。
ごろんと反転して、手を乗せる。その上に顎を乗せて、温かな視線が向く。
「もう一回。もう一回だけしませんか?」
「……」
可愛い仕草に、けれどちっとも可愛くないおねだり。
あのなぁとか、おまえなぁとか、色々言ってやりたいのを全部飲み込んで溜息で誤魔化した。
だめですか?上目遣いの可愛い仕草に、けれどちっとも可愛くなかった。
「明日はレイシフトだって言ったろ」
「ええ。だからあと一回だけ。一回だけです」
「もうたくさんしただろ」
「ね。お願いです。クー。我慢出来ない」
するりと手が伸びる。頬をとらえ、唇が重ねられた。つ、と頬を撫ぜる手つきは優しいものだった。ひどく優しすぎて、そこに性的なものは一切含まれていないような、禁欲的なかんじだった。対照的に瞳に宿っているのはどうしようもないくらいの情欲だった。
「もっとあなたが欲しい。足りない。お願いです。クー」
甘ったるい声だった。傅くようなおねだりに、ともすれば頷いてしまいそうだった。
明日はレイシフトがある。ここで陥落してしまえばどうなるかは火を見るより明らかだ。それだけはしない。今までもその一線だけは守ってきた。
「お願いします。だめだなんて言わないで。どうかその唇で紡ぐのは、私へのゆるしだけで。ねぇ。クー」
「……っ」
っとにこのおぼっちゃまは!どこぞの時代で培ったセリフをよくもまあぽんぽんと次から次へと!
否やを紡ごうとした瞬間に唇で塞いでこれ見よがしに眉根を下げておねだりだなんてこすずるいことこの上ない。
「一回だけだからな」
そして、そのわかりきったおねだりに甘い自分のなんとまぬけなこと!あの赤い弓兵に指差して笑われても反論できやしない。槍を持った自分たちにも力いっぱい笑われるだろう。
「はいっ」
だが、この笑顔にとことん弱かった。
背骨からバキバキ折れそうなほどに抱きしめる腕に、顔から潰れそうな胸板に弱いのだ。
「いとしいひと」
そう言って、降るキスの雨を何度受けとめただろうか。次第に深くなるそれを、身体中でしがみついて。
「寂しかったんですよ。ずっと。顔を見て眠ることも出来なかったから」
「仕方ねーだろ」
「ええ。知っています。でも、この腕にあなたがいないだけで寂しくて」
「……」
「だから、今日は目一杯抱き締めさせてください」
太い腕に導かれ、背中へと手をまわす。
柔らかな目が細められて、満足げに微笑む。
「愛しています。クー」
背中へと回された手で、傷痕を残した。応えの代わりかのように、愛を紡がれるたびにひとつずつ。奥を穿たれるよりも苦しく、胸が切なく鳴いた。
汗をぽたぽたとたらして、たえる様が一際可愛らしく胸を高鳴らせた。唇が重ねられるたびに息も紡げなくなって、最奥を締め付けた。そのたびに一回だけとあれほど念を押したのに欲望を吐き出された。視界も白み、朧げな中、ひとつひとつを丁寧に刻み付けられた。
明け方になり、意識を飛ばしたことで漸く解放されるかと思いきや、逆に勢いが増してしまったので死んだと思った。誰も止める人がいない中、勝手にレイシフトもキャンセルされた。
「ゆるして。いとしいひと。あなたを愛するためには時間が足りない」
息をするのも億劫なほど。ベッドに這々の体で横たわっていると、背中に体温が迫った。これ以上は無理だと言いたかったが言葉も出なかった。
このまま座にかえることになると思った。
「いとしいひと。あなたが毎日いとしくて、いとしくて。とても時間が足りない。あなたを愛するためだけの時間が欲しい」
「……」
これ以上時間が増えたら霊基すら死ぬだとか、最近の奴らは体力有り余りすぎだとか言ってやりたいことはあったが。
言葉も吐き出すのが億劫で、重ねられた手をそっと撫でた。
     
return
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -