星の愛を
そう。仕方ないのだ。
途轍もなくイライラしていた。原因はわかっていたがどうしようもなく、我慢をもう長いこと強いられていた。その状態が長く続き、ためにためこんでしまったものが爆発してしまったのだ。
そう。だから、仕方ないのだ。
神宮寺レンは、自嘲する。
なにが仕方ないだ。我慢など今までいくらでもあっただろうに。
自分を庇って言い訳だけ募らせて。みっともない。
直視したくないのだ。
余裕があり、誰とでも対等に付き合える。蠱惑的な笑みは誰しもを魅了し、食事に誘われれば仕事ですら放ってしまう。正に情熱のイタリア男。
しかし、ここ最近は余裕がなく、自分を保てずにいた。
理由は明白だ。長らく恋人に会えていなかった。
少しでも長く時間を過ごしたい。愛したい。二人の時間を大事にしたい。
ところが、恋人はストイックな真面目人間で、頑固で、まるで正反対である。仕事のために何度お誘いをすげなく断られたか分からないし、体調管理だなんだとうるさくてレンの生活にまで口出しをしてくる。プロであるなら当然と口をすっぱくして、何度耳を塞いだかしれない。
惚れた方が負けとはよく言ったもので、仕事人間の恋人と付き合って長い。女性を取っ替え引っ替えだった頃からすれば目を疑うであろう。そのおかげといってはなんだが、恋人の仕事一筋なところも受け入れ、尊重してきた。そこが恋人の長所であったし、惚れたところでもあったから年上の余裕を見せてやったのだ。
しかし。しかし、である。
最近、恋人と会えなかった。今までで最長記録だ。付き合ってからそう離れるようなこともなかった。だから大丈夫だと思っていたのだ。
ストイックでクソ真面目な恋人は、仕事にさわりがあってはいけないと連絡も絶った。勿論、理解を示した。大人として。
だが、それも限界が来つつあったのだ。ただでさえ恋人とは甘く熱い時間を過ごしたいレンである。短い間、長いといってもそこ数週間なら耐えられただろう。
しかし。しかし、である。あのクソ真面目な恋人はレンを放って仕事一筋、今も別な空の下でレンのことなど忘れて打ち込んでいるのだろう。
会いたくて、触れたくてたまらないレンなど知ったこっちゃない。
限界だった。せめて連絡さえあればまだ保てたかもしれない。だが、連絡の一つすら寄越さないのだ。
おまけにその日はやたらめったら仕事先で会った女性に絡まれてしまった。やんわりとお断りを入れても熱ぽい眼差しと豊満な胸を使って、自信に満ち溢れた身体で陥落しようとしてきたのだ。
もう一度言おう。仕方なかったのだ。
ただでさえ我慢に我慢を重ねていたのだ。元々我慢なんて合わないたちである。そのレンが恋人に会わず、連絡も取らず、長らく接触を絶ったのだ。
何度断りを入れてもしつこくモーションをかけてくる女性。常ならば男らしくスマートに断ってみせるというのに、その時は恋人に会えていないムカッ腹もたっていてどうしようもなくて。だから、仕方なかったのだ。
華奢な腕を振り払ったことも、よろけた女性に目もくれずその場を後にしたことも。大丈夫かと優しい言葉をかけることもせず、冷たい空気を纏わせたことも仕方なかったのだ。
と、言い聞かせるだけ虚しいだけである。
自宅へ戻り、事の顛末を思い出して頭を抱えた。
なんてオレらしくない。
違う。そうじゃない。もっとスマートに、情熱的な男だったはずだ。こんな余裕がなくて、女性に冷たくする男じゃなかった!
冷たいシャワーを浴び、記憶を払うように長いこと佇んだ。冷静さを取り戻してくれるかと期待するも、身体は何故か火照っていた。欲からではない。
すっかり変わってしまった自身を抱きつつ、過去の自分へ溜息をこぼす。
過ぎ去ってしまったことは取り戻せない。次に会ったらしっかりとお詫びをしよう。体調が悪かったとか言い訳はいくらでも作れる。
少しだけオフが続くので、その間に自分を取り戻そう。恋人のいない寂しい時間となるが、空いたその時間によかったと思った。
さて。身体も冷えてしまったことだし、頭も冷えた。あついシャワーでも浴びるかと、お湯をはっている湯船を一瞥したそのとき。
けたたましい音が何処かから聞こえてきた。
肩を震わせていると、音は段々近付いてきて、ついにはバスルームに響き渡った。それが扉を開ける音だと気付いたのは、中に入ってきた人物の顔を認めてからだった。
「いっち……」
視線がかち合い、刹那、思い切り顔を顰める。なんですか、これは。久々に聞いたそれは不機嫌を隠そうともしていなかった。
「あなた何してるんです?プロならもっと自分の身体のことに気を遣いなさいと何度言えば……」
「ひ、久々に会った恋人への第一声がそれ?」
「だまらっしゃい。身体を冷やしてどうするのです」
「今あったかくしよ……っ」
言葉は、途中で塞がれた。乱暴に腰を抱かれ、そのままバスルームを後にする。力強い腕に引っ張られるがまま、濡れた身体を拭きもせずにベッドルームへと連れて行かれた。
ベッドへ放られ、すぐさまギジリと音を立てた。真上にある恋人の顔がまっすぐに自分を見下ろしていた。その目は、何かに似ているようだったが思い出せなかった。
「いっちー?」
「仕事は?」
「明日は、ない、けど」
「明後日は?」
「ない、よ」
「ならいいでしょう」
瞬間、ぶわっと充満したかおりに、正体に気付いた。
餌を前にした獣のそれだった。
「慣らしている時間が惜しい」
言い捨て、ゴムをパッケージから取り出す。口で咥え、乱雑に破かれた。
「優しくしませんから」
「なっ、……はっ?」
言うが早いか、既にいきり立った熱塊に被せ、熟れきっていない後孔に触れる。準備もしていないそこは、これから与えられる痛みやらなんやらを想像してかちっとも受け入れるかんじではなかった。
「まっ、イッチー!あ、ぁあっ」
痛い。火傷するようなあつさだ。
一体オレが何をしたんだと思ったそばから今日のことや今までのことが次から次へと浮かんでは消え、けれどこんな風にされるなんて!と悲鳴へ変わる。
長らく使っていなかったそこはゴムのぬめりも手伝ったとは雖もきつく窄まっており、痛みしか与えてくれなかった。
「やだっ、イッチー、やだ、やだ!」
「……っ」
背中に爪を立てても、殴っても、止まってはくれなかった。
まるで一方的で嵐よりもひどい、愛撫もない交わりに涙が次から次へとこぼれた。
ぎぃ、と虫のような声をあげて痛みに耐えた。
ゴムの中に吐き出して、漸く止まった。
「……っ、バカ!きらい!きらいきらいきらいきらいっ!イッチーなんて、……きらぃい」
「っ、」
無駄な抵抗だ。今更だ。
身体を突き飛ばしたが貧弱な力では中から抜け切らず、動いたことで中を刺激されるだけだった。
すぐに手が伸び、身体ごと囚われる。
唇が重なる。
「う、ふ、ぅっ、うっぐ!」
「っ……!」
「ば、かぁっ」
口の中に血の味が広がる。噛み付かれた恋人は、口を覆っていた。
そんなもんじゃない。そんなもんじゃないオレが受けたものは。意趣返しにもならなかった。
「今度は、優しくだきます」
「やっ」
視線が向くと、もう一度腕を取られた。
抵抗もやむなく、囚われの住人となった。
「抱かせてください。ーーあなた不足で、苦しかった」
「え?」
ひっそりと漏れた声音は、驚くほど弱々しかった。
先ほどまで蹂躙するだけだった男が、どうしてか腕の中におさまる恋人に見えた。
「毎日あなたが足りなくて、後悔しました。連絡を断つだなんて言わなければよかった。あなたに会えないことがこんなにも苦しいだなんて知らなかった」
「イッチー」
「愛してる。レン」
再び重なった唇を、目を閉じて受けとめた。

「あんっ、や、やだっ、そこ、やだぁっ」
ひどかった。
ひどく、優しかった。
レンの意思も何もかもを無視した痛いだけの行為が、レンだけを思った優しすぎて苦しいものへと変わっていた。愛し足りないとでも言うように、身体の隅々まで愛される。気持ちよかった。気持ちよすぎて辛くて、やめてほしいのだと訴えれば今度は別の箇所を愛される。どこまでも続く快楽地獄だった。
未だじくじくと痛むそこですら、次第に快楽へと変わっていた。
「やだ、つかないで、そこ、あ、ああっ」
ずっしりと中にある肉棒は、的確に感じるところを突く。甘たるい嬌声を聞いているはずなのに聞こえないふりをして。
「いっち、だめって、……だめって!」
「ほんとう?」
「っ、」
「ここ、よくないですか?こんなに私を締め付けているのに。ほら。レン」
「あああ、やだぁっ」
耳元で囁かれる言葉は真実で、嫌と首を振ろうとお見通しだった。
「ほんとうに、いや?」
「……っ」
「レン」
「う、ひぃっ」
ぴったりと、身体と身体が密着した。
茂みに柔らかい茂みが重なり、肌を刺激する。
ドクドクと脈打つ肉塊が、刻むたびにいいところで感じる。ひとつひとつに反応してしまい、更に身体がぴたりとあわさって、全身を性感帯へ変えられているようだった。
「う、ぅうー」
「レン」
「とき、や」
「かわいい。レン。愛してます。レン」
「あ、んっ」
もう無理なのに、奥は開いていく。可愛いと、愛してると言われるたびに誘う。
だめなのに。これ以上奥へ来てしまったらもうだめなのに、睦言を囁かれると意に反して誘い込んだ。
耳たぶを、かじりと食む。あえやかな声をあげると、キスが贈られた。
「もうはなさない。あなたなしでは生きていけない。レン。ずっとそばにいてください。私が抱き締められるところに。ずっと」
「ときや」
「レン」
いつになく饒舌な口がキスの雨を降らせた。
「レン、レン……っ」
「あ、あっ、あ!」
優しい愛撫から一転。強く揺さぶられながら睦言すらも快感へと変わっていくのをたしかに感じていた。
「レンッ」
「とき、や……っ」
応えるように、しがみついた。離れようとした腰に足を回し、背中に腕を。
愛おしむように口付けと、頬を撫ぜる手が心地よくて、自ら唇を重ねた。
「オレ、も」
「うん」
「オレも、さびしかったよ」
「同じですね」
「もっと、もっとちょうだい」
こんなんじゃ足りない。愛されたうちの何分の一にもならない。離れていた分がもっともっと欲しかった。
「私も、もっとあなたが欲しい」
「ん、うれし……」
舌がさらわれて、歯列をなぞった。絡まり囚われた舌を伸ばして、唇を食む。
にわかに腰を揺すって、白濁の溢れる後孔を締め付けた。
仕方なくなんかない。きみがいないと、我慢も出来ないんだ。
離れていた分を埋めるために、唇に応えた。
     
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