名を、呼ばれた。
「生きろ」
ぼくと、ふたつ。

光る、刃。
振り上げられたそれが勢いをもって下されるまで一瞬のことで。瞬きひとつぶんにもならないくらいのことだった。
悲鳴が、嘶く。狂ったように震える。その隣で、地響きのように伝わってくる感じがして、自分のものかと疑った。
否。
びしゃりと浴びたそれは、世界を染めた。
美しく、ーー美しい色。赤。
やがて、息咳き込んで飛び込んできた男になり担がれた。抵抗する間も無く、時遅くやってみても細こいのに力強い腕は離してくれなかった。
獣のようにぐるぐる鳴いて、この目につぶさに焼き付けた。
ぜったいにころしてやる。
おまえは、おれが、ころす。
徐々に開いていく距離。
その姿が視界に入らなくなるまで、その誓いを未来永劫のものと定め、一瞬たりとも視線を外さなかった。
いきる。
いきて、かならずころしてやる。
おとうさまをころしたみたいに、おまえたちをころして、かりつくしてやる。
大切に育てられた子供の殺意に気付きながらも、腕の中の二人を生かすために足を止めることなど叶わなかった。生涯そのことを悔いることになると、どこかで感じ取っていた。
弟の最期の願いを、それでも守り抜いた彼は、せめてと抱く腕に力を込めた。
母はすっかり弱くなった。仕事は疎かになり、どことなく心ここに在らずといったかんじ。話しかけたら受け応えするが、ここにはいない父を探して視線を彷徨わせているようでもあった。
仕事に支障を来していないのは、もう長いこと同じことを繰り返して慣れてしまった彼らのおかげだろう。
父は、いない。代わりに、彼らがいた。
けれど、父はいない。殺された。あいつらに。
彼らは日に日に弱くなっていく母を支え、俺を大事にしてくれた。けれど、その望みとは正反対に剣を荒くれさせると、悲しげに手を止めに来る。見かねた一人が正しい型を叩き込んでくれた。
「母上。行って参ります」
応えは、ない。
視線がひとつ。ちらりと一瞥を寄越し、やがてしょぼしょぼと肩を下ろして逸らされた。
その目は二度と俺を見ることはなかった。
踵を返し、唯一渡された一振りを顎で来いと促す。
気がかりだと言いたげだが、二度と振り返ることなく長年過ごした本丸を後にした。
「殺す……殺す……」
おとうさまをころしたやつを。あいつらを。ころしてやる。
誓いは、消えていない。
着任してしばらくが経った。
鍛刀はしていない。必要ないからだ。俺が殺すのに、仲間だなんだのは不要だ。落ちていたものもそのままにしてある。
おかみがなんと言おうと構わなかった。
殺しには、母から唯一譲り受けた一振りがいつもぴったりとついてきていた。俺を止めるも振り切られ、護衛のようなかんじだった。鬱陶しかったが放っておいた。
刀は、ふた振り。産まれた時に持っていた一振り。短刀で、一回り小さいくらいのもの。
もう一振りは、打刀。あの時砕け散ったかけらを拾い集め、新たに打ち直した。
懐に自身をしのばせ、打刀で殺す。
たんと血を吸え。おとうさまを殺したあいつらの血を吸え。なくなるまで、喰らい尽くせ。
殺せ!
何度か蜂須賀と衝突したが、これだけは変えられなかった。仕事やらなにやら、世話になっているといえども譲ることはできなかった。
おとうさまを殺したあいつらを殺す。
殺して、殺して、殺して。それだけが、望み。願い。
刀を抱いて、夜に眠る。
おとうさまは、今日も息をしていない。
おとうさま。おとうさまはおつよいですね。
へ?あったりまえだろ!ーーにはまだまだ負けねぇって!
ぼくにもつよいけんをおしえてください!
強い剣、ねぇ……。
おとうさま?
あんなぁ、ーー。強い剣ってのはないんだよ?

日々の鍛錬。それが強い剣なんだ。ここに、持ってる鋼の魂だ。
おとうさま。おとうさま。
どうか教えてください。強い剣を、あいつらを殺せるほどの、強い剣を。
おとうさまーー。
     
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