天使にそっと黒い羽根をつけてあげよう
 運命だと思った。天使が舞い降りたのだと。
 口元を少しだけ緩める笑み。笑うのにもあまり慣れていない仕草。年下のように扱うと、面映そうに頬をかく。
 ドンピシャだった。とことん甘やかして陥落させて、自分だけに甘えることを好きと言わせたかった。
 可愛いと抱きしめると、すっぽりとおさまる柔らかな身体が好きだった。
 よもや、この一途で健気、人に愛されるためだけに生まれてきたような可愛らしい人を裏切ることになろうとは露ほどにも思わなかった。
 出会い頭、心臓を雷でうたれ、掴まれたような感覚に陥った。
 ちっとも可愛くない。嫋やかで、抱いて守りたい雰囲気もない。無骨で、笑わないし、笑ってもどこの悪徳代官だという人を見下すもの。
 仕事バカで、容量が悪くて、すぐにぶっ倒れる。介抱してもうるさい、余計なお世話だのどこを切り取っても可愛くなんてない。
 ふとした瞬間にそよぐ首筋の髪だとか、そのにおいだとか、書類にやる目だとか。あげだしたらキリがない。
 更に言うならば、不倫もへいちゃら。
 股間に顔を埋める男が、挑発的に笑う。
「なんだ?」
 分かっているくせに。
「我慢しろよ。お前のを濡らして濡らして濡らしまくって、ここに入れる時にはもう出すものがなくて貴様が喘ぐくらいにしてやる」
 だからどこの悪徳代官だ。
 にたぁ、と笑う。
 本当に抱かれる気なのか、今から抱く気なんじゃないのか。もう何度も同じことを繰り返しておきながら否定出来ないのは、この男は突拍子もなさすぎてなにをするか分からないのだ。
「まずい。なんでこんなに苦いんだ」
「当たり前でしょ」
 ぬろぉ、といきりたったものを舐める。
「俺を愛してるなら甘くしろ」
 とんだおねだりだ。無理とわかってて言うのだから余計たちが悪い。誰だ、彼をセックスも知らないようなチェリーくさいとか言ったのは。僕だけど。
 下生えにも舌があますところなく這わされ、丁寧に濡らされる。唇で食んでは、戯れに熱塊に舌を這わせた。
「普通恋人にはカマトトぶるもんじゃないの?」
「それで逃げられたらかなわんからなぁ」
 逃す気は、ない。帰す気も、ない。
「あいつが今頃一人枕を濡らしているかと思うと、昂揚感で今すぐ抱かれたくなる」
「じゃあ素直に抱かれてくれない?」
「まだだ」
 先端を急かすようにつついて、舌先だけでほじった。垢もとってくれそうだ。
「君、ドMなんじゃないの?」
「生憎とそういった性癖は持ち合わせてない」
 いや。十分変態だと思うよ。
 ぐっとこらえ、男の頭を掴んだ。せり上がるものを余すことなく男の咽喉へ吐き出す。勢いがついたが、男にとってはなんのその。
 べろぉ、と口周りを舐めた。
「僕、そんな性癖持ち合わせてるつもりなかったんだけど」
「知らなかったのか?」
 おまえは、そんなやつだよ。
 妖艶に唇が動いた。
 不倫に悪気も抱かないなんて、そういうことだろう?
 彼の顔を掴み、ベッドへと押し倒した。
 柔らかみのない裸体が、しっとりと汗ばんで待つ。
 早くしろ。男が、笑う。
 当然。
「濡らしまくるんじゃなかったの?」
「もう濡れてるだろ?」
「そうだ、ねっ」
「ああっ」
 ずぶりと、一気に挿入した。
 中はほどよく解れており、侵入を拒まない。
「君にはちょうどいいかもね。ここ、使いすぎだから」
 尻に張り手を食らわせると、あえやかな声が悲鳴をあげた。そうしてると可愛いんだから。
「君が出させてくれなかったから、ここにたっぷりと注ぐよ」
「あ、んっ。どのくらいっ」
「君の口から出るくらい」
「……っふ」
「ほんっと」
 そんな性癖持ち合わせてないんだけど。
 恍惚と笑う男へ、もう一回張り手。筋肉のある尻に赤い跡。なかなかに悪くない。
「出すなら、早くっ、しろよ。俺の汁で、たっぷりになる前、にんぁああっ!」
「悠長なこと言ってるからいつもひぃひぃ泣き叫ぶんでしょっ」
 頭を振り乱し、汗やら鼻水やら、涙やら。雫をぼたぼた零し、いい、と叫ぶ。そこ、好き、と。仕事人間が翻弄される。
 だから、いいのだ。
 悪魔の羽を毟り取る感覚。そこが地獄だと勘違いしている可愛い悪魔を、地底の底へ引きずり込んでやる。飛び込んできたのが運の尽き。出口を塞ぎ、戻してやらない。
 顎を掴み、唇を塞ぐ。
 鼻から漏れ出る息がかかった。口から零れるそれを食らい、ずちゅずちゅと中を穿つ。
 上からと下からの攻め立てに泣き叫ぶことも出来なくなった男は、それでも懸命に応えていた。そこが可愛いのだと言うと、また悪どく笑うのだろう。可愛いたらありゃしない!
「いくっ、いくいくいぐぅっ!」
「早くイってくれない? まだ、次があるんだけど」
「あぁっ! くれ、もっと、んぁああっ」
 前は触らなかった。乳首も、逸物も、触ったら楽にイく。
「あ、あ……ああぁっ」
「っ、……」
 同時に達した。
 彼の上にどっとのしかかった。
 熱い素肌と素肌が重なる。触れ合っただけで、中に入れたままのそれがぐんと頭を擡げた。
「まだやるのか?」
 可愛くない唇を塞ぐ。
「やるよ」
 男がうっそりと笑ったのと、唇を合わせるのとが重なる。
 瞬間、けたたましい音を立てて扉が破壊された。
 一瞬の後、身体を蹴飛ばされてベッドに縫い止められる。肉棒の真下、股座に突き刺さる何か。
 招かれざる客人が、可憐な百合を手折って赤く彩る。憎々しげに顰められる秀麗な顔立ち。
 あの頃の姿は、もうない。
「邪魔、しないでくれるかな?」
「……っ、」
 立膝をつき、男が嗤笑する。
「それとも、混ざる?」
 瞬間、変わる表情にがっかりする。
 ああ、ダメだダメだ。そんなことくらいで。
「入れてあげる。なんて、考えないことだね」
 徐に起き上がって、彼の首を撫でる。
 さて、どのくらい細くなったのか。元々普通より痩せてはいたけれど。
「おいで、国重」
 両手を広げると、勝ち誇った笑顔がそこにおさまった。
 再びベッドの住人へすると、腹の上に乗って勃起したものを入れた。
「見ていくか?」
 悪魔の慈愛。
 背中越しに振り返ったその先にあったのは、
 今にも泣き出しそうな目だった。
「ダメだよ。腫れてしまう」
 この手は、もう撫でてやるためにはない。男を愛するためのものだ。
 涙をのんで、ベッドから飛び降りていく様をまじまじと眺める。
「見物料をせしめてやろうと思ったのに」
 ふふっと、笑みが零れる。
「殺すよ」
 その姿を誰にも
 見せてたまるか。これは、僕だけのものだ。
 首を、絞めた。窒息寸前、息が困難になるところまで。
「やめ、ろ……」
 男は、嗤う。
「イくだろう?」
 すりと、腹に可愛くもない熱塊を押し当てて。
「可愛いんだから」
 そんなところが、たまらなく愛しているのだと。彼は知っていて、あいを受け取る。
 腰を振って、中のものをぎゅうぎゅう締め付け、気持ちいいのだと悦び叫ぶ。時折戯れにうちつけると、ダメだと言っておきながらしてくれないのかと責めた。
「みつ、ただっ。あぁんっ。いいっ!いいっ」
「僕も」
 愛してるよ。
「もっと、ゆって!」
「愛してる」
 愛してる。
 愛してる。

     
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