小野篁には幼少の砌より婚約者がいる。親同士の決めた勝手な婚約ではなく、本人たちが交わし合ったものである。
婚約者楓は妹でもある。両親を早くに亡くしたため、親同士が友人でもあった小野家で引き取ったのだ。
小さい頃からそれはそれは可愛がっていて、殊の外可愛がる篁を兄である筱は面白おか
しく見物に徹している。双子の兄である筱も生意気な弟よりも可愛くはあったが、それだけだ。
楓はこの婚約に嫌がっているそぶりもなく、一つ年上の兄を慕っているようなので互いに一目惚れなのかもしれない。
さて。篁には弟のように思っている(と、本人に言えば絶対に違うと言うのだが)少年がいる
。隣の安倍家の三男坊で、素直ないい子だ。篁があまりにもいじめてしまうものだから生意気なところを知らず受け継いでしまいそうでもあるのだが。
安倍家は三兄弟であり、既に上二人は家を出ている。彼らは篁たちよりも年上であったが、生意気な筱の愚弟はしばしば揶揄う傾向にあったのであまり仲はよ
ろしくない。上の兄が結婚した折は、あなたでも結婚出来たんですね。とうとう世の中が耄碌したのかと思いましたなどと言うものだから肝を冷やしたものだ。
篁と正反対の温和な筱は比較的可愛がられている。
下の兄も結婚しており、今は安倍家の家長である晴明と、その息子の吉昌、さらにその息子の昌
浩と、彼らのボディガードである十二人が住んでいる。
まだまだ幼いと思われがちであるが、この昌浩なんと齢十五にも満たない身分でありながら篁と同じく婚約者がいるのである。篁と違って子供同士の可愛らしい口約束ではあるが。
今日はその噂の婚約者が安倍家を訪うというのだ。年長者として一目許婚とやらの顔を拝んでおかなければならないーーというのは建前で、実際は単なる野次馬根性丸出しである。
「筱さん、分かってるならそっとしておいてくれませんか?」
「だって昌浩の許嫁殿だよ?気にならないわけないじゃないか」
まるで外れ柿を食べてしまったようにしっぶい顔になる弟のような少年へ、筱はほけほけ笑顔を見せた。
忘れていた。これでもあの性格だけは本当に、無駄に悪い篁の兄なのだ。しかも双子。どうして似ていないなどと思ったのだろうか。この弟にしてこの兄あり。血の繋がりがあるのだ。似ていないはすがな
いではないか!
ああ失態だ。まさしく失態である。最近は昌浩の護衛を担うことが多い、元は祖父専属だった褐色の肌を持つ男が天を仰ぐのを気配だけで察する。
うるさいやい。小さい頃から優しかった兄のような、否、兄がまさか悪魔の血をひいていただなんてまず思考から取り払いたいこと第一位に決ま
ってる。
実はそれなりに付き合いの長い護衛紅蓮は、昌浩やその兄たちが人がいいと口を揃えて言う筱がとんでもない男であると知っているので、昌浩の十倍は渋い柿を食べたような顔になる。弟が目立つ陰に隠れてしまっていて、身体が弱いこともあいまって見逃しているだけだ。何度忠告しようとしたこと
か。そのたびに筱は安倍家の人心を掌握してしまっていることを思い出して踏みとどまっている。
ちなみに、安倍家の大黒柱晴明はもちろん気付いていない。なんてはずもなく、それはそれはおかしそうにタヌキよろしく笑っている。誰だあいつをキツネなんて呼んだのは。まだキツネの方がマシだ。
「あの…」
昌浩の心が今正に疑心暗鬼に取り込まれそうなその時、なんとタイミングがいいのかそっと顔を覗かせる可憐な少女の姿が目に入った。
いや、悪いのか。目の色を変えた悪魔二匹を視界に入れ、紅蓮は嘆息をこぼした。
「やぁやぁ君が我が弟殿の許嫁かい?はじめまして、俺は小野篁。まあ、彼
の兄のようなものだと思ってくれてかまわないよ!」
誰だおまえ。
奇しくも、昌浩と紅蓮の思考が一致した。
「はじめまして、俺は小野筱。隣に住んでるんだ。篁とは双子だよ。同じく昌浩の兄と思ってくれ」
「はじめまして…。あ、あの、……」
篁に続き、勝手に自己紹介を始めた筱のせいで少女は
困惑していた。慌てて仲裁に入る。
「ごめん、彰子!この人たち言ったらきかなくて」
彰子は一瞬きょとんとしたが、やがてふわりと微笑んだ。
「昌浩、ひさしぶり」
「あ……ひ、ひさしぶり……彰子」
可憐なだけの少女とは異なる、しっかりと芯のあるそれだった。
「はじめまして。藤原彰子です

矯めつ眇めつ、彰子をまじまじと眺める四つの目。暫し考えるそぶりを見せたが、口の端に笑みを浮かべた。
「じゃあ、後は若いお二人で」
「騰蛇。おまえも来い」
「……それもそうだな」
「ぐ、紅蓮までっ?」
「安心しろ。一人にはしない」
案に護衛がついていることを示し、彼らは玄関口か
ら出て行ってしまった。
残された昌浩は呆気にとられ、彰子も両目をぱちりと瞬かせた。立ち直るのは彰子が一足早く、未だに意識を飛ばしている昌浩の袖を引いた。
「途中でドライフルーツを買ったのよ。昌浩、好きでしょう?一緒に食べましょう。後でみんなにも分けてね」
彼女の強かな面に驚きを隠
せずにいたが、すぐに表情をほころばせた。
「うん」
返ってきた笑顔に、彰子も同じものを返した。

篁たちと、はじめての彰子

     
return
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -