小野篁には幼少の砌より婚約者がいる。婚約者であり妹でもある楓は、幼い頃に両親を亡くしたので親同士が友人だった小野家で預かることとなったのだ。
しかし、親を亡くした寂しさに夜な夜な泣き出し、篁や筱がどれだけ慰めても、大丈夫だよと頭を撫でても泣き止むことがなかった。幼心にもう父母と会
うことができないと悟っていたのだ。今会えない寂しさもあっただろう。
寂しさに耐えられなかった楓に篁は約束した。
「俺がおまえの家族だ。大きくなったら結婚しよう。それなら、みんなが家族だから寂しくはないだろう?」
小野家では疎外感を味わうことも多かったであろう楓に、当時すでに幼いと
雖も賢い篁は言った。
意味がわからないだろうに、小さな楓から見ても頼もしい少しだけ年上の少年に、少女はうんうんと頷いた。
子供同士の口約束ではなく、親をも巻き込んで婚約者に仕立て上げた篁の手腕は見事なものだった。傍で見ていた筱はぽかんとするしかなかったものだ。実は恋慕もあるのだと
いうことを、時を同じくして産まれた片割れは知っていた。楓を想う気持ちに邪な気持ちをうまく織り交ぜたのだ。あのままであれば、兄妹として過ごしてしまい、恋も何もないだろう。
そのような経緯の末、篁と楓は学生の身分を卒業してから結婚する約束を交わしている。
今はまだ可愛らしい恋を温めて
いる弟妹を、筱は柔らかな眼差しで見ていた。
そういえば、とはたと筱は思い至る。
隣に住む安倍家の末が初めて楓と出会ったのは、同じように冬の凍てつく季節だった。
安倍家の用心棒に手を引かれ、おっかなびっくりその大柄な体躯の後ろに隠れた一つ下の少年。双子とも顔をあわせる回数は当時少な
くて、少年の年の離れた兄たちや、用心棒たちとちがって一つしか年が変わらない筱や篁は未知の存在だったのだろう。
可愛い弟が出来たものだ。筱が喜ぶ横で、既に素直じゃなかった片割れはぶっすりした顔だった。その裏で喜んでいたのを知っている。
篁のせいで怯えまくった昌浩は、隣にもっと恐ろし
い男を従えているというのに。
筱が笑顔で挨拶をすると、少しだけ警戒心を解いたようだが、それが気に食わなかったらしい弟はたびたびこの少年を同い年の幼馴染のようにいじめるようになった。今では少年もすっかり成長して反論するようになったが、そういうところも見抜いてやっているのではないかと
すら思うときがある。
その後、部屋の奥に控えていた楓が顔を覗かせると、昌浩は目を瞬かせて安心したように笑った。それがどう映ったかは予測でしか答えられないが、横で見ていた筱はぎょっとしたものだ。
姉のいない昌浩にとって、母と用心棒しか知らない故に年の近い姉のようだったのだろう。にっ
こり笑って、よろしくおねがいしますと拙い言葉が可愛らしいこと。直後、嫉妬深い篁にべりっと引き剥がされたが。
当時の心境を大きくなってから聞くと、「怖い人に会った後だから余計に優しかった」とのこと。さもありなん。
驚くべきことは、その昌浩にも婚約者がいたということだ。こちらは弟とは
異なり、子供同士の口約束であるが。
なかなか機会がなく、顔を合わせたこともないまま今に至る。
「彰子、か。どんな子なんだろうなぁ」
「知るか」
つーん、と可愛い弟の可愛くない返事が背中から聞こえた。
筱の背中にもたれて、読書に勤しんでいる弟の気持ちを悟って苦笑を零した。

昌浩、はじめての楓



     
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