ふたりぼうけ
 ほう、と小夜は息をついた。もうすぐ熟す柿を鋭い目を丸くしてまじまじと眺める。心なしか喜色ばんでいるようで、尻尾がぱたぱたと床を叩いているようでもあった。
 小夜は柿が好きだ。内番の時は懐に忍ばせ、休憩時間に自分の本体で剥いて食べるのだ。暇な時は台所へ行って誰かに剥いてもらったり、次兄が剥いてくれることもある。
 この本丸に長兄はまだいない。とても強い人だから、神格も自分より遥かに上の刀で、まだまだ日進月歩積み重ねを大事にせねばならないこの本丸では夢のまた夢である。同じ短刀である眷族の粟田口兄弟の長兄もまだ来ていなくて、来ないねぇ、と首を長くして待っている。
 小夜も時折その輪の中に入り、長兄が来ないと言いながら今日か明日かと待つのだ。次兄も小夜につられてその輪の中に入ることがあって、早く来ないかと心待ちにしている。
 長兄が来たら次兄と一緒に柿を食べようと約束している。次兄と、そして粟田口兄弟とも。
同じ長兄を待つ身であるからか、面倒を殊更嫌う次兄は粟田口兄弟の面倒を見ることが多い。とは言っても、あそこには故郷を等しくした眷族がいるし、一部を除けば比較的大人しいからあまり面倒ではないようだ。
 小夜と故郷を等しくした歌仙も早く来るといいねと、面倒を見てくれる。それまでは、私とも仲良くしておくれと。
 大人ぶってくれるから小夜は付き合ってやることにしている。歌仙にはまだ弟のような眷族もまだ来ていない。少しだけ、ぽっかりと寂しいのだ。
 本当は少しだけ。そう。本当に少しだけ寂しがり屋で、兄のようにふるまいたい眷族に付き合ってやることは嫌いではない。柿を一緒に食べるのも。
「小夜」
 縁側で柿を眺める小夜へ、鈴のような声が降る。
 内番着でうっそりと微笑む次兄はなるほど傾国と謳われるだけあって、艶やかだ。
「なに、にいさま」
「内番は終わりましたか?」
「うん」
「では、少し散歩でもしましょう」
 小夜は頷いて、ぴょんと庭へ足を着いた。
 細く長い指が、小夜の小さな手を絡めた。
 柿を懐にしまって、手を引かれ歩く。
 会話もなく、てくてくと歩いた。宛先などない。
 絡めた指はそう温かくなく、いくらひとがたを与えられようと刀に過ぎない我が身なのだと知る。けれど、そこに嫌悪感などはありようはずもない。
 細い指を握り返し、
 上にある面差しを眺めた。
 いつもにやにや笑っているような眷族と違って笑うことはない。ぼうっと何も考えていないようで、その実様々なものに絡め取られている。
「小夜?」
「……なんでもないよ、にいさま」
 目が合ってしまったことに面映くなって、そっと顔を逸らした。
 あにさまのお顔が好きなんだと言ったら喜ぶだろうか。
 そう訊ねるのはなんとなく憚られた。
「そろそろ帰りますか」
「ううん。もう少し歩こう」
「いいですよ」
 自分をとても大事にしてくれるあにさまが、小夜はとても大好きなのだと、いつか言えたらいいのに。喜ぶ顔が見たいと思った。


     
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