その日はとりわけ強い風の嵐の日だった。海の下へも伝わり、魚たちは怯えてしまっていた。上の兄たちなどは大丈夫だと宥めていたが、こと末のレンはまったく興味がなく。いつものように秘密の場所で人間の落とした宝物をうっとりと眺めていた。
地上には光るそれはそれは大きな星があるらしい。
雲という白いもなが飛び交い、海が覆い尽くしているという。
兄たちは殊の外レンを可愛がり、海の上へ出すことも厭ったので一度も見たことがなかった。
そうだ。この機会に一度だけ。兄たちは危ないから行ってはいけないと口を酸っぱくしていたけれど、いつになるか分からないのだ。
バレなければ大丈夫だと適当な言い訳をして、秘密の場所を泳いで荒れの酷い海の上へとのぼった。ぐんぐんと近付き、もうすぐだというところで伸びた腕に引きとめられる。絡みつくように、右手首と首に回された腕。
視線をやるにも届かない。
しまった。あの兄たちのことだ。
自分の考えなどお見通しだったのだ。
自分の甘さに舌を打つと、弱くか細い声が届いた。
「いかないで、ください…」
耳馴染みのある声だった。だが、それは普段過保護な兄たちのものではない。
「きっと、あなたをさらってしまう」
「誰が?」
肩が小さく震えた。
「海の向こう」
事実、レンは海の上へ行けば好奇心の赴くままに置いて行ってしまうだろう。退屈ほどレンを鬱屈とさせるものはない。
だが、切なげな声の力は強かった。
「オレに、ここに、いてほしいの?」
「はい」
「退屈であきあきしてるんだよ。それでも?」
「私には、あなたをずっと退屈させない。
そんな魔法はありません。けれど」
「けど?」
好奇心にひかれたらダメだ。レンはわかっていた。
存外この男はワガママなのだ。弱いふりをして人の気をひくのがうまい。
「あなたに捧げる心なら、ここに」
「……ぷっ、あっはっは!」
本当にバカな男。
心だなんて一番つまらないものをバカ正直
に差し出すなんて。いったい誰が欲しがるというのだろう。
レンはくるりとその手を振りほどいた。
「いいよ。面白かったから捕まってあげる」
「レン」
今度は自らその首へと絡めた。
「囚われるのも好きだよ」
泣きそうな、それでいて嬉しそうな顔は傑作だ。後でおおいにからかってやろう。
浜辺では美しい歌声が響いていた。男のものだと分かっていても心を惹かれずにはいられなかった。
王子は声の跡を辿って、美しい鱗を持った人魚と出会った。オレンジ色の髪が海風に靡く。
「あなたは…」
「やあ。君は? オレはレン。こっちはオレのダーリンだよ」
精悍な顔立ちの男の隣では、紫がかった髪色の柔らかな面立ちの男が同じく鱗を下半身に持って岩場にもたれていた。
紫色の鱗を持ったその人魚は淡く微笑み、また歌い始めた人魚に合わせて異なる色の歌声を響かせ始めた。
王子は、人魚らが海へ帰るまで美しい声に聴き入っていた。

トキレン 人魚姫パロ





     
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