希望をもがれた天使
ひたり。ひたり。
雨が、降る。
ひたり。ひたり。
ひたり。ひたり。
彼は、彼にしてはやけに珍しい眼差しで眺めていた。嘘くさい爽やかな笑顔と他人を見下す時にしか変わらない表情は、情の一つも見失ったかのように、しかし一心に注がれている。
酷い雨だった。全身を覆うようだった。
雨が水滴となり、頬を、肌を滑りシャツを濡らした。それは拭われなかった。今更遅いだろうが、雨に打たれ、自戒かそれとも自省か。
彼は知っていた。ここに、心はないことを。
ひたり。ひたり。
豪雨の中、傘一本で彼はそこにいた。
否、彼ともう一人はいた。
ひたり。ひたり。
ずっとだ。ずっとこうして、ここで、傘一本だけで待っていた。夜中。人通りもまったくなく、人に恨まれることだけは得意な彼ならばものの数分も経たず夜道を襲われかねないだろう。それでも、彼はずっと待っていた。
それなのに、ちっとも見ない。
ずっと待っているのに、気付きやしない。一言、否、そんなものでは物足りない。小一時間は居住まいを正してくどくどと長たらしい説教まがいの言葉を浴びせかけたいものだ。そうしてやらないのはその心が痛いほどこの掌にあるからだ。握りしめた拳の中から棘でもあるかのようにずきりずきりと痛みを持った。
二つの目はじっと足元に注がれていた。そこすら見ていないことは瞭然だ。
彼が見据えているのは先――絶望。
ひたり。ひたり。
ひたり。ひたり。ひたり。ひたり。
目の前まで動くことが出来た身体は、使い古したブリキの人形だ。ここまで動いていることが奇跡だった。
「キセキならざるキセキ」とはよくいったものだ。
鳥か天使か。羽根が生えているように高く跳ぶ。おかしなものだ。跳んでいるのはこの男の足だと言うのに。
ぎぎ、ぎぎ、と錆びた音が聞こえてくるようだった。
そして、ようやっと目の前で頽れる。
右腕一本だけで受けとめた。
こちらどころか何も映していない目は、とろりと落ちかけている。眠りを請う子どものよう。
まったく、こちらは受けとめるだけでも重労働だ。自分よりもだいぶん重い身体を支えるのは一苦労で、その上眠気からか重みは増している。
反対の手で頭を撫でる。すると、重みがまたぐっと増した。
自分一人で担いで歩くには開きすぎた身長差に嘆息を漏らし、二人で住んでいるマンションへと踵を返した。
翌日、朝刊のトップを飾ったのは、神様に愛された天使とまで言われた男の引退の記事だった。言葉通り、背中に羽根を持っているかのような写真が選ばれていた。
悲痛な面持ちで一面をとりあげるニュースを、彼は件の男の足を撫でてやった。もう二度と空を飛べない足を。
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