赤い暴君
 その年、桐皇学園バスケ部に期待の新人が入った。名前は、火神大我。アメリカ帰りの帰国子女で、二メートル近くの長身と強靭な身体、そしてアメリカで洗練されたバスケセンスを併せ持っていた。アメリカで培った故の猛獣のような野生が垣間見える男だった。
 残念なことに、中学時代は日本のバスケに失望し、熱心ではなかったようではあるが、部長の今吉翔一は目を光らせた。磨けば輝く。それもそこらの天才と桁が違う――もしかしたら、あのキセキの世代に匹敵するかもしれない。
 常日頃から何を考えているのか分からないと言われる顔で、上から下までじろじろと眺める。まるでバスケをするためだけに産まれてきた、バスケに愛された存在。
 面白い。アメリカ帰り? 中学はマジメにやってない?
 ブランクがある方が燃える。育てるのが楽しみじゃないか。
「なんでウチに入ったん? 秀徳とか、霧崎とか、都内にも名門はあるで。わざわざウチみたいな新設に通わんくてもええやろ」
「ハッ。おもしれーじゃねぇスか。アンタ達強いんだろ? じゃ、てっぺんに近いってことだ。これでてっぺんとったら、おもしれーだろ?」
 不敵に笑う男を見上げ、今吉は笑みを深くした。
 面白い。これは面白い。思いがけずいい拾い物をした。
 桐皇はキセキの世代青峰大輝をスカウトした。選手としての危うさもあったが、彼ならばと声をかけていた。
 しかし、青峰は蹴った。彼が行ったのは何処ぞの無名校だと言う。
 実に惜しいものだ。その才に見合う学校を選んでいたならば、飛躍的に伸ばすことだって不可能ではなかったというのに。
 しかし、ないものはない。惜しまれるが、いつまでも後ろばかり見ていては始まらない。
 気持ちを新たに新年を迎えた彼らの前に現れたのが、火神だった。
 ポジションは青峰と同じパワーフォワード。背丈も大差ない。身体はこれから作っていけばいい。秘めたる才能も将来性がある。
「ウチは実力主義や。最強の名、恣にしてみい」
「ほしいまま?」
「誰にも渡すな、ちゅーことや」
 頭は少々……否、かなり残念なようだ。
 火神はきょとんとし、口角を上げた。
「トーゼン」
 斯くして、この日桐皇学園バスケ部に新戦力が加入した。
 彼の実力は誰もが知ることとなり、誰も反対の声をあげなかった。
「ワシは今吉翔一。ポイントガードや。よろしゅう」
「っす」
「そんでそこにおるのが諏佐。スモールフォワード。んで、あそこにおるのが若松ちゅうセンターや。そんで…桜井!」
「はい! スミマセン!」
「いや、まだなんも言っとらんやろ」
 一年生の後ろからひょっこり現れたのは、小柄な男だった。髪型が何かを連想させたが思い出せない。
 男は、突然頭を下げた。今吉が呆れた口調で窘めるが、その度に謝っているのが印象的だった。
「そんで、これがウチのシューティングガード、桜井。火神、お前と同じ一年や」
「はい! スミマセン!」
「よ、よろしく」
「よ、よろしくお願いします! スミマセン!」
 どうやら口癖らしい。敢えて触れるのも面倒だったので放っておくことにした。
「火神。お前に一つ言っておくことがある」
「なんスか?」
 打って変わって、今吉は見えない瞳で火神を見た。
「ウチは今年スカウトに失敗しとる。相手はキセキの世代の一人、お前と同じパワーフォワード青峰大輝や」
 敢えて口にした今吉を咎める視線がいくつかあったが、気にも留めなかった。レギュラーは平然としている。
「お前がウチのパワーフォワードになるなら、絶対に倒さなあかん相手や。覚えとき。ウチのパワーフォワードはお前でなく、青峰のはずやったんや」
「……へぇ?」
「アイツが何処の高校に行ったかは知らんが、お前がウチのパワーフォワードになった以上は倒してもらう。……最強はお前になるんや」
「望むところだ」
「いい答えや」
 予想通り。
 しかし、それでいい。ここで怯んだりするようなら要らない。
「あのさ」
「ん? なんや?」
「青峰って誰だ?」
「………は?」
 続いた言葉に、目を瞠る。
 聞き間違いか。いや、他の部員も同じ反応だった。あの監督までもが呆気にとられてる。
「いや、その……キセキ? って、なんだ?」
「は、ハァアアアッ? お前、知らんであないにいい顔で分かった言うたんか! アホか!」
「どーせ倒すんだろ!」
「アカン! コイツ勇気あるんでも無謀でもなくてただのアホや! 諏佐! 今すぐチェンジしたって! 青峰呼び戻しぃ!」
「無理だな」
「青峰―!」
 その日、桐皇の体育館に今吉の悲鳴が響いた。
「まったく……。まあ、いいでしょう。彼のように繊細でない分いいかもしれませんね」
「しっかたねーだろ! アメリカいたんだから!」
「途中からこっちおったんやろが!」
「だからバスケやってなかったんだよ!」
「バスケちょーっとでも齧っとったら嫌でも耳に入るわ! どんだけガード固い耳やねん!」
 あの青峰に潰されないのは、本人を知らなかっただけか。
 彼にしてみれば珍しくガックリと肩を落とす。周りも拍子抜けしたかのように大仰に溜息をついてみせたり、様々だ。
「今吉君。様子を見ましょう」
「ワシは別にええですけど、監督はええんですか?」
「ええ。私は気に入ってますよ。彼は繊細故に何処が危うげで、今にも崩れそうでしたからね。火神君の方が精神的にはまだマシです。実力はこれからつければいいでしょう」
「分かりました」
 監督は既に心を決めているようだった。
 今吉ももう反対する気もない。自分も彼の未知数の伸びしろに、そして火神の性格も好ましかった。
「じゃ、改めてよろしゅう。火神」
「っす。よろしく」
 その後、桐皇学園は「暴君」の名に相応しい活躍を見せることになり、火神はその中心的存在としてめざましい成長を遂げることとなる。
     
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