おめでとう!
 ウィンターカップ決勝戦が終わった。
 両チームの選手が握手を交わし、会場は感動と拍手の波にのまれた。
 その時のことだった。
 すぅっ、とある男が息を吸った。周りは誰も気付かず、唯一気付いていた人々は最初から彼を見ているようでもあったので、真実気付いた人などいないだろう。
「ぉお前らァアアッ! 行くぞぉおおお!」
 彼の渾身の声は会場、観客席と響く。しかし、誰が言ったのか分からなかった。彼は立って、会場を見下ろしているのに、不思議なことに誰も彼を見つけることは出来ない。
 そして、
「ガッテン!」
 という幾つもの声が、あちらこちらから聞こえた。それは記憶違いでなければ、誰もがよく知るとある世代を抱えた高校ばかりで。
 一体何が始まるのやらと首を傾げたのも束の間のこと。
「赤司確保ォオオ!」
 また別な方で声が聞こえ、視線をやると、
「あ、赤司が抱えられとるー!」
「あの赤司がっ……赤司が…」
「赤司が俵抱きされとるー!」
 一年の頃から主将を務めるなど、その実力は彼らの世代の中でも群を抜いており、嘗ては人々を恐怖に震撼させた人間が、小脇に抱えられていた。抱えているのは、同じ中学時代を過ごしたパワーフォワードだったような気がする。あのガングロクロスケは間違いないはず。
「者ども、行くぞー!」
 先程と同じ声が聞こえた瞬間、あちらこちらでドタバタと会場を一斉に去り始めた。
 それは、試合の時と同じくらいのもので、呆気にとられている間にものの見事に彼ら主役達は会場を後にしてしまった。






「ハッピーバースデー!」
 そこに入った瞬間、赤司は盛大に出迎えられた。――俵抱きのままで。
 幾つものクラッカーが弾け、紙ふぶきが舞う。
 彼にしてみれば珍しくきょとんと何も反応出来ずにいると、勝手に盛り上がり始めた。
「ウェーイ! やったね、大成功!」
「見てください、赤司君なんのこっちゃって顔してますよ。プププ」
「あ、黒子っち、その写真俺にもくださいっス」
「うぷぷ、黒子めっちゃ撮ってる」
「よし、黒子。もっと撮るのだよ」
「ガッテン」
「おい、さつき! お前も撮れ!」
「もちろん!」
 心なしか、息が荒い。
 そりゃそうだろう。試合会場からここまで全員一度も足を止めることなく猛ダッシュ。それも集団で。信号待ちなど足を止めることなくその場で走り続けていたほどだ。警察に捕まってもおかしくなかった。
「おい、黒子。赤司にそろそろ説明してやれ」
「なんのこっちゃ、って顔してるぜ」
「プププ、暫くこのままでお願いします」
「黒子がいつになくいい顔で写真撮ってる!」
 会場にいるのは、嘗ての仲間達だけではなかった。その関係者まで、会場の中にどれだけ詰めるつもりだというくらい大勢の人間が顔を揃えていた。
 何故、彼らまでもが。
 その疑問を教えてくれたのは、他でもない赤司の慕う人だった。
「あーかし」
「虹村、先輩…」
「よっ」
「なぜ、先輩まで」
「黒子に赤司の誕生日パーティーするから来いって言われてな」
「黒子!」
「いいじゃないですか。昨年の僕の誕生日の時もみんなでお祝いしてくれたんですから、今年は赤司君の誕生日をみんなで祝いたかったんです。サプライズですよ」
 ウィンターカップ直後なので、みんな来てくれちゃいました。と、笑う影に脱力した。
 自分の誕生日のためにここまでするなんて。
 黒子の時は、久々に仲間達と仲直り出来たということで行われたものだ。今回は、目的とオマケが逆になっている。
「先輩方は受験もあるだろうに」
「大丈夫です」
「黒子」
「だって、みんな来たいって言ってくれましたよ」
 その言葉に、赤司は目を瞠る。
 そういえば、誰一人不満げな顔をしていない。否、いることにはいるが、
「おい、灰崎ィ!」
「ゲッ」
「お前まーだやってたんだなー」
「うっせー!」
「ここに来るなんてお前もなんだかんだで赤司大好きだよな」
「ちげーよ!」
「あ? なんか言ったか? ん?」
「あだだだだだ! だから嫌だったんだよ! テツヤ、後で覚えてろよ!」
「あ、あれは気にしないでください。ちょいちょいキセキの世代にも数えられてない不憫な彼をご所望だったのは虹村先輩だったので」
「ああ、別に気にしていない」
 心の底からの本音を言うと、黒子はクスリと笑った。
「というわけで」
「かんぱーい!」
 何時の間にか配られていたグラスが、カチカチと合わさる。
 赤司はドサッと真っ黒ゴリラに落とされ、地面に投げ出された。
「っ、……青峰」
「良、火神! もっとステーキ作れ!」
「は、はい! すみません!」
「あぁ? バカ言ってんじゃねーよ!」
「テメーこそバカ言ってんなよ!」
「……」
 赤司を落としたことなんて気付かず、みんなとバカ騒ぎを始めていた。
 この怒りは後でぶつけようと決め、漸う地面に足をつける。久々な気がして、ふわふわしていた。多分、この会場の空気のせいもあるのだろう。
「はい、赤司君」
「ああ、ありがとう」
 黒子に渡されたドリンクを受け取り、もう片方で皿を受け取る。
「安心してください。湯豆腐はバカみたいにありますから。手作りですよ。赤司君好みの味に仕上がりました」
「……そうか」
 誕生日なのに湯豆腐オンリーなのだろうか。
 言い差して、やめた。
 まだ熱い湯豆腐を口に含むなんて無謀なマネはせず、ひとまず会場を見渡す。
 赤司の誕生日パーティーなんてただの言い訳に過ぎなかったかのように、皆思い思いに飲んだり食べたり、騒いだり。赤司のことなどまるで気にも留めていない。
「征ちゃん、おめでと」
「赤司―! おめでとー」
「おめでとさん……」
 ゲップが続き、即座に実渕がぶっ叩いた。
「アンタ、お祝いの時くらい抑えられないのっ?」
「てーな。出ちまったもんはしょうがねーだろ」
「せめて征ちゃんの前ではやめなさいよ! 今日の主役なのよ」
「はいはい」
 キーキーと五月蝿く喚く二人を差し置き、同じ洛山の部員達から祝いの言葉が贈られる。あちらこちらから、赤司の誕生日を祝う。
「みんな……」
「おめでとさん」
「黛先輩まで」
「ま、ヒマだったからな。旧型君に連行された」
「そろそろその旧型ってやめてくれませんか?」
「何言ってんだよ、黛。お前、誰が昨日一緒にプレゼント選んでやったと…」
「樋口ィイイイイ! そこになおれ!」
「樋口先輩……」
「よー赤司。後でちゃーんと俺からもプレゼントあるからちゃーんと持って帰れよ?」
「? ……は、い?」
 一体どういうことか。考えあぐね、隣にいた影を見るが、彼はふふと笑うだけだった。
 目を瞬かせ、意味をはかりかねる。
「レディースエーンジェントルメーン!」
 その時、会場がふっと暗くなる。ステージの方に灯りがつき、視線を集める。
「さーて、待ちに待った赤司へのお誕生日プレゼントのコーナーですよ!」
「いいぞ高尾!」
「宮地さんが褒めたっ? やっべ、明日隕石落ちてくるわ!」
「テメーコラ高尾! 轢くぞ!」
「高尾! テメー××××して××××すっぞ!」
「そっちの宮地さんは放送禁止用語やめましょうよ! てか、ホントお兄さんよりヒドイっすわー」
 これがあの緑間の先輩か。言葉づかいが荒々しいが、教育上大丈夫なのか。弟の方などは兄よりも凄まじく、赤司の顔を蒼褪めさせた。隣で見ていた黒子が、噴き出したのには気付かなかった。
 全く見当違いの心配を抱く赤司をよそに、高尾は進行をきっちりしていた。
「さてさてー。今回赤司の誕生日に駆け付けてくれた皆さんから、赤司へのお誕生日プレゼントは……………こーちらだ!」
 スポットライトで照らされた会場の一角。
 誰もが目を瞠り、歓声をあげた。
「赤司にはこれを持って帰ってもらいまーす! ウププ」
「いや、ムリだろ」
 赤司を除いて。
 こんもりと、天井につくのではないかと思われるほどに積み上げられたプレゼントの山。色とりどりの包みの中には、何が入っているのやら。
 常時なら胸を躍らせただろう。だが、量が尋常ではない。しかも、これを持って帰れだと? 無理だ。一日二日で持って帰れる量ではない。これは仲間達からだけでなく、その仲間達からも贈られているに違いない。道理で、あの時樋口がニヤニヤ笑っていたわけだ。この事態を面白がっていたに違いない。彼のことだから殊更大きなプレゼントでも用意したことだろう。
 まったく。大仰に溜息をつく。
 忘れていた。彼らと過ごした時間があまりにも楽しくて。楽しすぎて。道を違えた後はその頃を思い出すのが辛くなってしまって、記憶の底に封じ込めてしまったから。
 彼らが面白いこと大好きなお祭り人間であることなどすっかり忘れていた。赤司の補佐を務めることの多かったあの緑間でさえも。
「さてさてー。 次は、赤司にこれをつけてもらいまーす!」
「ちょ、高尾、おまっ!」
「やりやがったアイツ!」
 方々で、笑いの渦が起こった。
 そりゃそうだろう。誕生日の主役の冠まではまだなんとか理解できるが、「アンタが主役。誕生日おめでとうなのだよ」と、誰が書いたか丸わかりな襷など出されては笑うしかない。
「緑間。実に面白いことをやってくれるね」
「なっ。お、俺ではない! ないのだよ!」
「ふふ。緑間の誕生日が楽しみだ」
「高尾ォオオオオ!」
「え、これ俺のせい? しんちゃんめっちゃノリノリだったじゃん!」
「そんなことはないのだよ!」
「ひっでぇ、濡れ衣!」
 高尾に呼ばれ、ステージに上がる。
 冠と例の襷をかけられ、会場も盛り上がりを見せた。
「やっべ、赤司にかけちったわ。しんちゃん、頑張って!」
「何故俺なのだよ!」
「赤司、俺の分はしんちゃんにお願い」
「分かった。善処しよう」
「高尾ォオオオオ!」
「さてさて、続いては我らがキセキの世代からでっす」
 続いてステージに上がったのは、嘗ての仲間達。桃井や灰崎、虹村までいる。
 彼らは背中に何かを隠して、赤司の前まで進み出る。
「お誕生日おめでとう!」
 目の前に出されたのは、大きな、それはそれは大きな花束だった。真っ赤なバラが、いくつもいくつもあり、抱えきれないほどの大きさだった。
「ここらへん全部のお花屋さんに協力してもらって、赤いバラの花だけでブーケを作ってみましたー!」
「あ、勿論請求書は赤司家のお父さんですので安心してください」
「黒子っ?」
「俺達も数は数えてないんスけど、いっぱいだから意味は無限大っス!」
「要するに、無限の、ずっと続く愛だな!」
「これ考えたの大輝だぜ? クッセーよな」
「それには同感です。青峰君がこんなことを言えるなんて天変地異の前触れかと思いました」
「テツ、テメー後で覚えてろよ!」
「キャアー火神君タスケテー」
「テツゥ!」
 ふらついてしまう程の大きな花束。
 思い思いのセリフと共に送られた、「無限大のずっと続く愛」。花言葉なんてろくに理解してやいやしないだろうに、赤司のことを考えてくれたのだろう。
「……ふふ」
 まったく。予想外のことをしてくれる。
「これじゃあ、お返しが大変だな」
「あ、じゃあみんなの誕生日の時は赤司君が主催してください」
「俺が?」
「はい。次は僕ですから、めっちゃ楽しみにしてます」
「それは……」
 頑張らないとね。
 真っ赤なバラに顔を埋め、赤司はふんわりと笑った。
 こんなに嬉しい誕生日だなんて、きっともう二度とない。
 男から薔薇の花を貰って、飛び上がるほどに喜ぶことももうない。
「さーみんな並んで並んで! あ、キセキと洛山が赤司囲んで!」
 赤司は周りをキセキと洛山という今と、昔の仲間に囲まれ、その周りを更にその仲間達に囲まれて写真を撮った。
「赤司君、弟さんは出なくていいんですか?」
「アイツか?」
「ええ。それとももう一度誕生日祝います? 向こうの赤司君が出て来た日に」
「……いや、変わろう」
 二枚目。左目の色が異なる赤司が、一枚目と同じ顔で笑っていた。
「はい、いちたすいちたすいちたすいちたすいちたすいち…」
「何処まで続くのだよ!」
「はい、みんなにーってして!」
「答えを言ってしまっているのだよ!」
 二人のやり取りにつられ、赤司も笑った。
 まさか、僕と変わるなんて。それを、テツヤが言い出すなんて思いもよらなかった。
 彼らキセキの世代にとって、もう一人の赤司はいわば鬼門のようなものだと自覚していたから、意識の奥底で主人格の赤司が楽しげに笑うのを見ていた。もう自分の出番はないだろう。と、思っていたのだが。
 いつか、訊いたことがある。赤司に、「統合する気はないのか?」と。いつまでももう一人の赤司という人格を残さず、統合しようと思えばできるのだから、それも本人のためになるだろうに。
 しかし、赤司は首を横に振った。
「お前も、俺だろう?」
 自分達はたまたま一つの身体に二人は行ってしまっただけで、元は別の人間だ。統合するしないは意味ない。
 とは言っても、どうせその内気が変わるだろう。もう一人の赤司は待てばよかった。その日が来るのを。
 だが、あれはどうやら嘘ではなかったらしい。
「赤司君」
「なんだい、テツヤ」
「二次会ですよ。さっきあまり食べていなかったでしょう? 料理も追加されましたし、行きましょう」
「赤司っち! 桜井君の湯豆腐プリンヘルシーで美味しいっスよ!」
「ありがとうございます、すみません!」
「おい、赤司! 俺はさつきを止めるのに全神経を注いだからな」
「もうだいちゃん!」
「大輝、いい仕事したな」
「赤司。早く来ないとお前の分はなくなるぞ。バカが今日は大勢いるからな」
「はーいざーきくん。俺の肉とってきて」
「ハァッ?」
「お、赤司―。今灰崎にお前の分もとらせるからな」
「とらねえよ!」
「ん? なんか言ったかな? ん?」
「あでででででで! すいません! すいませんでしたー!」
「赤ちん、ケーキ食べる?」
「アツシ。それは、最後に出す予定だったやつじゃ…」
「紫原っち! それ後で出す予定だったケーキっスよ!」
「何処から持ってきたんですか」
「んー? おかし探してたら見つけたー」
「さっきから姿を見せないと思ったら…! 紫原! 今出しては台無しなのだよ! って、食うな!」
「おい、氷室! お前躾ちゃんとしろよ! 劉も何やってんだよ!」
「ワタシはちゃんとやってるアル。氷室が甘やかすのがいけないアル」
「氷室!」
「すみません。アツシ。後で食べよう」
「んー? 分かった。赤ちん、はい。食べて」
「紫原君。そういう問題じゃありません」
「征ちゃん、安心して! こっちにちゃんととって……ちょっと、アンタ何手つけてんのよ!」
「あ? さっさと食わねー方がワリー」
「なんですって?」
「赤司、これチョーウメー!」
「何ぼさっとしてんだ。早くしろよ」
「……ああ」
 右手も、左手も、背中も。仲間達に引かれ、そして押されて歩いた。
 冠に、「アンタが主役」の襷。歪でちっとも赤司に似合っていない、ちぐはぐなものだったけれど。それでも、赤司は笑っていた。
 時折、自分の姿や、ずっと抱えたままで話さない真っ赤なバラの花束を見ては、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「赤司君。さあ、行きましょう」
「赤司。おせーよ」
「赤司、早くするのだよ。俺がこのバカどもを止められているうちにな!」
 幾つもの声が呼ぶ中を、もう一人の赤司は初めての笑顔で進んだ。
 意識の向こうで、赤司が同じ顔で笑っていた。
     
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