クラッカーとカカオ
 一月十二日。零時丁度。
『花宮、お誕生日おめでとう』
『おめっとー』
『おめでとさーん』
『おめ☆』
『誕生日おめでとう』
『おめでとう』
 次々と届いたメッセージは彼ららしく。
 全て目を通し、既読メッセージだけつけると、返事も返さずに携帯電子端末を放って眠った。
 明けて、翌日。
 授業が終わり、体育館へ足を向ける。大海が終わろうとも練習に手は抜かない。何事も相手の悔しがる姿を見たいがため、そのためならば粉骨砕身も厭わない。寧ろそのためだけにしか練習をしていない。
 キュッキュ、と耳に馴染んだ音が聞こえると、足を早めた。
 既に練習に入っているらしい。今日は全員早かったのか。珍しいこともあるものだ。
 自分の誕生日に気をきかせようとしたのか。否、彼らがそんな殊勝さを持っているのならば苦労しない。
 甘い考えを抱いた自分に哂笑し、中に入った。
 刹那、
「花宮!」
「誕生日!」
「おめでとー!」
 幾つものパンッと弾けた音とともに、祝いの言葉に出迎えられる。
「……」
 スターティングメンバ―を中心とし、花宮を取り囲むようにしてぐるりと一周。部員総員合わせたら物凄い数だった。圧巻である。
 花宮がぽかんとしている間に、スターティングメンバーを中心とした部員らは、ハイタッチまでし始めている。
「ウェーイ!」
「大・成・功ー!」
「イッェーイ!」
「いよっしゃあ!」
 皆一様に、花宮を置いていく。
「……一体なんの真似だ」
 それだけ言うのが精一杯だった。
「だって今日花宮誕生日じゃん? だったらなんか驚かせたいなーと思ってさー」
「で、みんなでこれやろーって決めたわけ」
「いつからサプライズの日になったんだ」
 大仰に溜息をつく。まったくバカの考えることは分からない。練習前にクラッカーなど使って、掃除はきちんとするんだろうな。そもそもこんなことをして、練習は覚悟しているんだろうな。
 言いたいことは山ほどあったが、ぐっと堪えた。バカにかまうな。
「昨日言ってだろ。あれで終わりでいいじゃねーか」
「ああ、あれね! あれ、瀬戸が考えたんだよね」
「瀬戸が?」
「だって花宮時間ぴったりに誕生日おめでとうって言われたら油断するでしょ」
「……おまえら…」
 バカじゃねえの? 人の誕生日ごときで普段使わない頭を使ってどうすんの? バスケで使えよ。ただでさえ使えない脳味噌をここで使って、今後バスケで使えなくなったら容赦なくスタメンから外すからな。
「そ・ん・でー」
「これがプレゼントでーす」
「……………」
「よぉ、花宮ぁ」
「おい、プレゼントは何処だ。プレゼントが見当たらないぞ」
「何言ってんの、花宮。プレゼントじゃん」
「……………」
「花宮、酷いなぁ。折角東京からここまで来たゆうのに無視せんといてぇや」
「お帰りはあちらです」
「ほんまつれないわぁ」
「……………」
 しくしく、とわざとらしく泣き真似をする男に花宮は生気のない目しか向けられなかった。
 何が悲しくてこの妖怪サトリと誕生日を過ごさねばならないと言うのだ。よりにもよって、誕生日に! 末代まで祟る気か。
 大丈夫ですかぁー? と、こちらもわざとらしく慰めるスターティングメンバー達を横目に、もう今日は帰ろうかな、などと考える。
「取り敢えず、お前ら」
 逝って来い。
「五倍な
 これ以上ない笑顔とともに下された死刑宣言に、彼ら蒼褪めるしかなかった。
「バァカ」
 やがて響き渡る悲鳴を心地よいクラシックのように、口角を上げて舌を出して笑った。






 帰途、妖怪サトリも国に返して、花宮は一人ぽつんと歩いていた。仲間達とは途中で別れた。
 最後まで誕生日を祝うんだと言って聞かなかったが、家にあげたらとんでもないことになりそうだったので、最終手段を使って大人しく帰らせた。人の誕生日くらい大人しくしてほしいものだ。寧ろそれが何よりの誕生日プレゼント。
 家路は暗く、街灯がぽつりぽつりと照らしているだけ。人の気配はあまりない。
 白い息を吐く。
 暗い空の下。やけに吐息の色が目立っていた。手はすっかり悴んでいて、冬の凍てついた冷たさを感じる。
 家に帰れば、母が豪華な食事を用意して待っているだろうか。
 こんな日にまで部活に勤しむ花宮を、一人家の中で待っているのだろうか。
 父も祖父母もおらず、たった二人だけの家族だった。そのために苦労したことはあっても、必要性を感じたことはとりたててあげるほどない。
 否。寧ろ母と二人。自由にやれたからこそ必要ないと感じるのか。
 靴音が家路までの道のりを教えた。
 もしかしたら、待っていないかもしれない。仕事で忙しくしており、花宮の誕生日などすっかり忘れているかもしれない。祝う気がさらさらないのかもしれない。
 それでもいい。元々祝われるなど性に合わない。
 空を見上げると、月が出ていた。あれは三日月か。感傷に浸る花宮を嘲笑っていた。
「ふはっ」
 嗤笑を零し、家路を歩いた。
 その手には、カカオ百パーセントのチョコレートがぎっしり入った袋が握られていた。
 帰宅すると、自分宛の送り主不明の荷物が届いていた。中を開けると、先程買い占めたチョコレートと同じカカオ百パーセントがぎっしり詰まっていた。
「ふはっ、バァカ。こりゃ一年はもつな」
 段ボール三箱分送られてきたカカオ百パーセントのチョコレートに、早速齧り付いた。
『花宮誕生日おめでとー!』
『霧崎第一バスケ部より』
     
return
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -