それは、突然だった。
「要さん!」
行き先も告げていなかったのに、長らく顔を見なかった妹が要の名を呼んだ。肩にはいつものリスがいない。
代わりに、
「……祈織」
灰色の目が、じっと要を映す。品定めするような視線は要のなかのドロドロしたものを思い出させた。
「要さん、どうして帰って来てくれないんですか?」
責める口調に、要の中の良心が痛むと同時にささくれだった。
(どうして帰って来てくれないんですか、ねぇ……)
「っ、」
要はふらりとよろめき、口元を抑えた。傍目には体調の悪化かと思われたが、即座にそれは否定される。
要自身の笑い声で。
「ククッ・・・は、アッハッハハハハハハッ!」
例えるならば、壊れたオモチャ。ある種の異様な空気を纏い、リピートを繰り返す。
要は笑い続けた。腹を抱えて、涙が浮かぶほど。
おかしかった。
おかしくておかしくて、笑わずにはいられなかった。
「すまないね。今日はもう引き取ってもらえないかな」
また、優しい手が要を抱いた。顔も見えないくらいキツく抱き締められた。
要は腕の中で、笑いながら瞠目した。ともすれば、震えそうになる声を必死に繕った。
やがて、二つの足音が遠ざかった。
「かなめ、頑張ったね」
労わる声と、頭を撫でる手。
それまで堪えていたものが噴き出して行く。
「ははは……………ははははぁあああああああああっ!ああっ、あ、ああああああああっ!」
「頑張った。頑張ったね、かなめ」
笑い声が泣き声に変わると同時に、要は隆生にしがみついた。
優しいから。優しさは、残酷な理由だから。
要は、好きに出来た。
「りゅ、せ……さ、抱いて……抱いて、くだ、さ……」
「かなめ」
「俺を、あなたの番に……運命にして……ね?」
そろ、と隆生を見ると優しい目尻がじっと要を捕らえていた。
要は、オメガだった。他の兄弟は全員アルファだが、要だけはオメガである。発情期もある。薬は飲んでない。必要ないから。
隆生は、アルファだった。―――そして、要の、要だけのアルファで、運命だった。
けれど、今まで番わなかった。
隆生は、頑なに要に手は出さなかったし首筋も噛まなかった。
理由は要も知らない。どうでもよかったから気にしなかった。
要の中にあるのは罪過だけ。七番目の弟に贈った嘘への罪悪感。
いつだって探していた。
深い深い水底を。堕ちれる場所を。死に場所とは違う、堕ちる場所。
けれど、もう限界だった。弟を苦しめたことで、勤行も出来なくなり、ただただ隆生に慰めてもらうために縋り付く日々。それでも苦しむことが罪過だった。
が、もうダメだ。
「かなめ、よく……よくここまで頑張ったね」
隆生の優しい声音に、要の思考は微睡む。もう考えなくていい。考えることはおやすみしていい、という声。
要は遠慮なく甘えた。だって番だから。隆生が優しいのは、要が番だから。だから、要は躊躇なく甘えられる。そこに想いがないから。
「いいよ、かなめ」
「隆生、さん……」
その声に導かれるようにして、要はそっと目を閉じた。
     
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