別れて、とろけて、秘めて
「は、はぁあああんっ」
「神宮司―!」
 神宮司レンは、腰を抜かした。
 情事の時にしか聞かせない、甘い声を漏らし、生まれたての小鹿宛ら震えた。
 テレビの向こう側では、CMが流れていた。
「神宮司っ、おい!」
「も、らめぇえ」
「はあ?」
 ヤバいヤバいヤバいヤバい。聞いてないよこんなの!
 画面に映る男の顔は「雄」のものだった。レンが弱い、秘め事を連想させる目。
「か、変えて!」
「いや、だが」
「お願い変えてぇえええっ」
「おいっ」
 明けて、レンは固まる。
 CM前に準備に入った男が、CMでは雄の片鱗を見せ、そして今更なるものが披露されようとしている。
 まずい。あんなもの世の中に出すなんて聞いてない。ていうか、俺なんで聞かなかったんだよ!
「落ち着け、神宮司」
「これが落ちついていられるとでもっ?」
「何処に慌てる要素があるんだ」
「ハッ、これだから童貞ぼっちゃんは!」
「なんだと?」
「こんなフェロモン撒き散らされたら、オレ今ここでヤるからな。お前を押し倒すからなっ?」
「は、はぁっ?」
 そう。まずいのだ。超ヤバい。
 彼が雄の顔になる時は、決まってレンが意識も混濁した秘め事の真っ只中の時だけ。
 しかし、今は違う。あの雄の顔を隠しもしないで、まっすぐに見つめる顔。
 レンは確信した。
 勃つ。
 晒された腰。タンクトップの上から来ているジャケット。あれが少しでもずれたら一人遊びをして楽しんでしまいそうだ。
「神宮司、落ち着け」
「だから落ち着いてほしかったらアレを消せって言ってるんだよ!」
「意味が分からん!」
「分かるわけな」
 その時。
 前奏が流れた。レンの肩が不自然に跳ねる。
 そして、
「〜〜〜〜〜ッ!」
 流れた声に、レンは顔を真っ赤にした。
 宣言通り、ペニスを勃たせ、一人遊びをしようとしたので聖川に縛られ、イきたいのにイけないというドSプレイをされることになるのだった。
 後日。
「何あれっ! どういうこと? あんな曲だなんて聞いてないんだけど。このアバズレ!」
「なっ、いきなり何を言うんですか!」
 レンは恋人に突撃し、不満をぶちまけまくった。
 聖川に縛られセルフ拘束プレイをしたことまでぶちまけてしまい、恋人の不興を買い、二度目のセルフ拘束プレイとなることは、まだ知らない。







 また後日。
「ブーッ」
 一ノ瀬トキヤは、飲みかけのコーヒーを盛大に噴き出した。
「い、一ノ瀬!」
「す、すみません……」
 謝りながら、後で問い詰めてやることを固く誓った。
 その晩。
「あなた人にアバズレだなんだ言っておいてなんですか、アレは。あなたの方こそアバズレじゃないですか。そもそもあなたの方が受け身なんですから、アバズレはあなたですよ!」
「ふふん。オレの気持ちが分かった?」
 得意げな顔をする恋人に、一ノ瀬トキヤは歯軋りした。コノヤロウ。
「お・か・え・し
 腹立たしいことこの上ないのに、可愛いもんだから憎さ余って可愛さ百万倍だ。惚れた弱みである。
「不特定多数が見てる音楽番組であんな衣装着て、腰もおなかも肩も出して。オレに喧嘩売ったからだよ」
「ほう?」
 つまり、売った覚えもない喧嘩を買った、と。
「どう? これで少しははんせぶふっ」
 未だ得意げな男の両頬をぐわしっと掴み、鼻と鼻がくっつくくらい近付ける。
 間近に迫ったトキヤの顔が、剣呑さを含んでいた。
「あなたの気持ちも可愛いところも、私一人が知っていれば十分です。他人が知る必要はありません」
「……」
「分かりましたね?」
「は、はひ」
 半ば強引に頷かせられ、威圧におされてしまったレンだった






 更に後日。
「イッチーのバカ!」
「お返しです」
 時間の都合が合わず、録画したものを二人で鑑賞し終わり、いの一番にレンは罵倒を浴びせた。対するトキヤは涼しい顔である。
「ひどい! イッチーが先にしたくせに!」
「あなたの方がわざとでしょう」
「でもイッチーが先じゃないか!」
「あなたこそ全国区でファンの幅を広げているじゃないですか」
「このアバズレ! ビッチ!」
「誰がアバズレですか。ビッチだなんて破廉恥な言葉使うんじゃありません」
「うわぁああんっ。イッチーの浮気者!」
「あなたこそ不特定多数の男を誘惑したくせに!」
「……てわけなんだが、嶺二。お前のところのバカ引き取れ」
 呼び出された嶺二は、顔を引き攣らせた。こんな夜遅くに呼び出されたので何事かと思えば。
 目の前で繰り広げられる痴話喧嘩に頭が痛い。あれ? 僕ちんこんなにか弱かった?
「う、うーん! あっ、僕ちんもう寝ないと。夜更かしはお肌の天敵だもんね!」
 じゃあね! と、言うか否か。嶺二はとっとと行方を眩ませた。
 蘭丸は舌打ち、部屋のど真ん中で繰り広げられるアホみたいな喧嘩を白い目で見つめた。
「……トキヤ、ベッド借りるぜ」
 どうせ聞こえていないだろうけど。
 そのまま部屋を後にしようとしたところへ、もう一人の彼の後輩が申し訳なさそうに呼び止めた。
「黒崎先輩、あの、俺は……」
 いくらもう一人の後輩がうるさくて、面倒だからと言っても、この後輩が可愛い後輩であることに変わりない。
 このまま置いて行くのも可哀想で、蘭丸は溜息を零した。
「仕方ないから一緒に寝るか」
「あ、ありがとうございます!」
 顔を輝かせた後輩に笑みを零し、未だ喧嘩中の後輩を見遣る。
「アイツらもう一緒に住めよ」
 寧ろそうしてくれ。
 零れた言葉は、ちっとも届いちゃいなかった。
「大体ね、イッチーは普段から無防備すぎるんだよ!」
「あなたがそれを言いますか?」
「もっと警戒心を持ったらどうだい?」
「そっくりそのままお返しします。何人前で嬌声聞かせてるんですか」
「はぁっ? イッチーこそ、誰かつまみ食いでもしそうだったけど!」
「なんですって?」
「どうせレディでも口説いてるんだろ!」
「あなたが口説かれてくれなきゃ意味ないです!」
「もうとっくの昔に口説かれてるのにこれ以上どうしろって言うんだよ!」
「嘘仰い! ところかまわず甘えまくっておいて」
 痴話喧嘩、もとい、惚気合いは暫くの間続いた。
     
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