ベッドに連れて行って(おいていかないで)
「おかえり」
「ただいま」
 夜遅く。この部屋の住人は帰ってきた。
 疲れた色を浮かべ、こちらを一瞥しただけ。無意識に出ているだろう言葉を彼は気付いていない。
「お風呂にする? ご飯にする? そ」
 閉まる扉。
 セリフの途中だったというのに。拗ねてみても相手がいなければ虚しい。
「まったく……」
 不満は、ない。
 ただ、かまってもらえないから拗ねてるだけ。
 でも理解は出来るから、ぶつけたりはしない。
 同じ業界にいて、同じ場所に立っているから彼の忙しさは分かる。過日彼が主演した映画が好調で、お陰でCMやドラマ、雑誌の取材、等々。今が売り時と言わんばかり。
 自分も経験したことがあるから分かる。
 あの時、意識はなかった。
 与えられた仕事を次から次へとこなし、考える暇もなく、やっと我に返ったのは終わってから。
 あなた、やっと起きましたね。
 苦笑混じりに、彼が零したセリフが懐かしい。
 だから分かる。今が、そうなのだと。
 あれは絶対忙しすぎて意識がない。いつも眠っているような感じ、というか、めまぐるしく変わる日々に頭がブラックアウトしているようだ。
 せめてもの救いは、ただいま、くらいの意識を向けてくれることくらいだろうか。
「でもなぁ……」
 だからと言って、そう容易く頷けるほど人間が出来ていない。
 寂しくないなんてありえない。寂しすぎて、拗ねたい。かまってほしい。
「よしっ」
 新たな決意を胸に、レンはにんまりと笑みを浮かべた。






 多忙を極める日々に、トキヤはいっぱいいっぱいだった。
 過日主演した映画が大ヒットをとばし、仕事が次から次へと舞い込んできた。
 丁寧に、与えられた仕事と向き合い、一つ一つを大切にこなす。――なんてことがぶっちゃけキツい。
 昼夜を問わず、仕事で始まり仕事で終わる。
 食事管理の徹底はしているが、最近は晩を抜くことが多い。体重を計ったらあまりにも減っていて、状況が状況なだけに喜ぶことが出来なかった。
 しかし、仕事は仕事である。
 こういった業界に立つ以上、仕事を貰えることに感謝し、常に真摯に向き合うべきだ。プロと自負するなら尚のことである。
 プロ根性だけでどうにか乗り切り、気付けば早数ヶ月の月日が過ぎていた。
 どうにか区切りがつき、漸く久しぶりの休暇を貰えた。
 休暇がありがたいと思うなんて、と昔の自分ならまず有り得ないことを考えて苦笑した。
 夜遅くになってから帰宅し、ベッドに潜りこむ。
 取り敢えず、今は寝る。
 一秒も待たず、眠りについた。
 目覚めたのは、朝。
 だが、時計を見るともうすぐ昼という時間だった。
 寝過ぎてしまった。しかし、ここ最近の睡眠状況を考えたらちょうどよかったのかもしれない。
 偶にはいいだろう。
 自分に言い訳して、寝室を出る。
 リビングから物音がした。寝起きの悪い恋人に先を越されたようだ。
 リビングに入ると、トキヤは目を瞬いた。
「ダメだ」
「どうして……!」
「僕が好きなのは、彼女だ。だから、ダメだ!」
 画面に映るのは今流行となっている恋愛ドラマ。
 ヒロインを想う男と、男を想う女のシーンだ。男役はトキヤだ。
「おはよ、イッチー。朝から情熱的だね」
 ソファーからオレンジ色の頭がひょっこりと動き、蠱惑的に唇を歪めた。
「おはようございます。朝から見ているのはあなたでしょう」
 レンは肩を竦め、ヒマだったからね。とちゃめっ気たっぷりに笑った。
「すみません」
 そういえば、ここ最近レンとちゃんと話した記憶がない。
 仕事にかまけすぎたか、と省みる。
「いいよ。わかってる」
 レンは手招きをして、大きく腕を広げる。
 トキヤが腕の中に入ると、首に腕を回した。
「だから、今日は甘えさせてもらうよ」
 まるで猫が喉を鳴らして甘えるようだ、とトキヤは笑う。
「今日だけでなく、いつでもどうぞ」
「もういいの?」
「ええ。一週間ほど休みがとれました」
「それはそれは。おめでとう」
「ありがとうございます」
 普通なら休みが多いというのは決して喜ばしいことではないが、今日ばかりは素直に受け取った。最近の忙しさを考えたら妥当だ。
 レンの背中に腕を回し、頬擦りする可愛い仕草に微笑む。随分と久しぶりだ。
 長いこと文句の一つも言わず、トキヤに放置されてしまった恋人を甘やかそう。
 そして、自分も今日ばかりは甘やかしてもらおう。
 心に決めて、オレンジ色の髪を指先に摘んだ。






 一日テレビを見たり、本を読んだりと、トキヤにしては珍しくだらりと過ごした。
 久々に心にゆとりが持てた気がする。やはり休むことは大切だと、しみじみ感じる。
 晩は恋人のためにイタリアンを作った。
 情熱的だね、なんてお決まりのセリフで笑う恋人に、かまってあげられなかったお詫びだと返す。
「じゃあ、暫く放っておかれるのもいいかな」
 なんて言っていたが、本当に放っておいたら寂しくて死んでしまうくせに、とトキヤは内心思った。
 普段の性格や、言葉の端々から漂う雰囲気に似合わず、彼の内なる部分は寂しさで出来ている。猫のように見せかけてウサギみたいだ。放っておいたら寂しいも言えずに死んでしまう。
 だから放っておけないのだけれど。
 いつか寂しがり屋のくせに、全然寂しくないフリをする恋人を寂しいと鳴かせたい。そうしたら、両腕をいっぱい広げて、おいで、って言うのに。寂しくないよ、もう寂しいことなんてないよ、と。
 当面の目標を決め、今日は早々に眠ることにした。休みはまだまだ長いが、忙しかった時に身体に優しく出来なかった分、今しっかりとケアしてやらねば。
 先に入浴を済ませたレンと入れ替わり、トキヤも済ませて寝室に戻った。
 が、足を一歩踏み入れ、トキヤは硬直した。
「はぁい、ハニー。カワイイオレはいかが?」
 ちゅっ、と投げキッス。
「可愛い」恋人はベッドの上で、晒された足をすらりと撫ぜた。指が這い、魅惑的なものを醸し出していた。
 ごくり。唾を飲み込む音が大きく響く。
 恋人は、笑う。三日月に唇を歪めて。
「なぁに。どうしたの?」
 トキヤ。
 誘うように、呼ばれる名前。事実、彼はトキヤを誘っているのだろう。
 でなければ、こんなことをするはずがない。
「レン……」
「ん?」
 宛ら王侯貴族か。晒された四肢を投げ出し、優雅にベッドに肘をつく。肘起きとなった枕ですら、彼の魅力を引き立てる道具の一つにすぎなかった。
「あなた、一体」
「ふふ」
 彼は、笑う。
 その先の答えを持っている。
 おいで。手招きに誘われ、身体が彼を求めた。
 差し出された手に同じものを重ね、そっと乗せれば、彼は艶やかに笑う。
「どう?」
「どう、と言われても……」
「あれ? そこは、可愛いよとか、綺麗だよとか言うところじゃないかい?」
「いえ……」
「それとも、変? 嫌?」
「違います」
 それだけは否定出来る。
 だが、それ以上は言葉を紡げなかった。
 彼はまるでそれすらも全部分かっていると言うように笑う。
「かまってくれなかったから、かまってもらおうと思って」
「だからと言って、こんな」
「こんな?」
 続く言葉を遮り、視線を合わせる。笑っているが、制した言葉の先を目の前で破こうとしている。
 恋人の目に、続きが書かれた紙を取り返せなくなった。
 ああ、そうか。やっと気付く。
 昼間に甘えたり、甘えさせたりしてくれた恋人。文句ひとつ零さない? バカ言え。そんなの彼じゃない。
 彼は、寂しいと文句を言って鳴いているのだ。
「……いえ」
「ん?」
「レン。綺麗で、可愛らしいですよ」
 レンはぱちくりと目を瞬かせ、それからにっこりと笑った。






 作戦成功。レンはほくそ笑んだ。
 仕事でかまってくれなかった恋人に文句ひとつも言わない。なんてそんな可憐で恋人想い(悲劇)のヒロインのような真似はしない。盛大に愚痴ってやるし、かまってもらいたいし、甘えたい。甘えさせたい。
 だからと言って、仕事で多忙を極めている時期にはしない。忙しい時には思いっきり忙しくして、かまってくれる時にかまってもらう。それがいい。仕事に恋人をとられるのは癪だけど、かまってもらうなら他に気をとられたくない。
 恋人にかまってもらうには、さてどうしようか。
 甘えるのは確定事項である。日中は誰にも邪魔などされず家の中でのんびりと過ごしてもいい。
 きっと恋人は本やテレビに夢中になって、また放っておいてしまうのだろうけれど。それはそれ。寂しくなったらかまってもらえばいい。
 問題は夜だ。
 身体を重ねることは数えきれないほどしている。偶にコスプレとか道具とかスパイスを使ってみたり、抜かずに五連発だなんてことも間々ある。
 しかし、それではダメだ。
 恋人に甘えたい――愛されたい。
 だから、恋人にかまってほしかったと盛大に愚痴を零せるような、それでいて甘い雰囲気になりたかった。
「え? ベビードールじゃない?」
「オーケイ。それ、もらった」
 こういうことには積極的そうな先輩にアドバイスを貰い、
「え。ちょ、ま、待って! ねぇ、レンレン! ちょっと待ってよぅ!」
 レンは実行に移したのである。
 そして、レンの作戦は滞りなく成功した。
 しめしめ。と心中笑う。
 驚いているのが手に取るように分かる。
 ベッドの上にベビードールを着た恋人がいれば驚くだろう。そういう雰囲気ではなかったのに、誘ってくるのだ。据え膳食わねばなんとやら。
 おまけに、暫くそういうことをしていなかったのだ。
 抑制された情欲ほどいいスパイスはない。
「まったく。はしたないですね」
「そんなオレは嫌いかい?」
 胸の部分、薄い布を摘む。
 透けて、隠れていない乳首が期待を膨らませていた。
「いいえ。とてもそそります」
「ふふ。イッチーも同じようなものじゃないか」
「いけないですか?」
「ううん」
 淡いピンク色のベビードール。白いフリル
と、胸元の細いリボンが清楚な淑女のようだ。
 胸から下にさらりと流れる足を隠す布地には、ところどころに小ぶりのリボンがあしらわれ、清楚な中にも可愛らしさをアピールしていた。
 正直に言おう。トキヤの好みど真ん中だ。
 清楚でありながらも可愛らしさがあり、しかし根っこの部分は艶やか。すらりとのびる足が隠された部分が想像を掻き立て、撫でて愛し、恥じらいながらも出てきてほしい。あしらわれた小ぶりのリボンがまるで透けている足を隠しているようで、余計に煽った。
 胸元の細いリボンは、大振りでないからいい。細いからこそ、解いてくれと言っているようだった。
 白いフリルは、淡いピンクをひきたてるように、目立たないようにと細心の注意を払っており、それがより肢体を美しく魅せていた。
 なにより、胸に邪魔なものがないことがいい。
 リボンはついていない。大きく裂けているわけでもなく、淡いピンクの奥でひっそりと期待に膨らみを持っているのが愛おしくてならない。
 流石は我が恋人と言ったところか。トキヤの好みなど熟知していて当然だった。
 だからと言って、淑女や人妻などに興味があるわけではない。
 大胆でも控えめでも過ぎると萎えるだけだ。このアンバランスな感じがいいのである。
「ふふ。可愛らしい乳首ですね。こんなに期待して。応えないわけにはいかないじゃないですか」
 膨らむ胸を、布地の上からコリコリと食む。刃は使わず、唇で。
「んっ」
 甘い声を漏らした恋人は、同じくらい甘い刺激を堪えて枕に顔を埋めた。
 乳首が硬くなっていく。乳輪の周りも愛撫に巻き込まれ、少しだけ赤みを帯びていた。
「レン。愛してあげますから、ちゃんと胸を出しなさい」
「んぁっ」
 反対の乳首を叩くと、背中を逸らして喘いだ。
 突然の刺激に、熱い吐息が零れていた。
「どうしたんです? 欲しかったんでしょう?」
「あ、ハァッ」
 欲しい。
 眼差しが熱く語っていた。
 だが、それだけでくれてやるほど簡単に煽られたつもりはない。とことん攻め立ててやると決めたのだ。
「レン」
 とびきり甘い声で呼ぶと、そろそろと視線が向く。
「さあ、出しなさい」
 数瞬置いて、文字通り胸を差し出される。
 さぁ食べて。まるでそう言うかのように、高くあげられた胸。
 微笑んで、遠慮なく唇を這わせた。
「ん、ふ、うっ」
 キスを、送る。
 雨のように降るキスに、レンは声を抑えながらも悦んだ。愛されるのが嬉しい、と染まる。
 仄かに香る同じボディソープの匂い。
 ほんのりと香る汗の塩のにおい。
 舐めて、どちらも余すことなく含んだ。
「んっ、んんっ」
「可愛いですよ。レン」
「ん、ふふ。ありがと」
 襲う刺激に耐えながらも笑って見せる姿のなんと可愛らしいことか。本人はいつも通りのつもりなのだろうが、それが可愛いというのだ。
 自分のペニスが勢いをつけたのを察し、ぐっと堪えた。
 まだだ。まだ、ダメだ。最初は彼の中で。
 しかし猶予がない。
 細いリボンを紐解いた。
 現れた肉体と、茂みとペニスを覆い隠すランジェリー。やはり清楚に覆われている。
 ランジェリーを脱がし、足を広げさせる。
 まだ触っていない部分が蠢いて、トキヤを誘った。
 サイドテーブルからローションをとる。
 掌に馴染ませ、十分に温まってから、そっと肌に乗せた。茂みの奥が、吸収するように蠢く。
 指を差し入れると、まだダメだと拒む。あれだけ誘っておいて。
 続けざまに指をもう一本。ぎゅうぎゅう締め付けてきて、折れてしまいそうだ。とは、言い過ぎか。
「レン。力を抜いて」
「む、ちゃ言う、ねっ」
「こんなにキツく拒まれては、私も追い出されてしまいますから」
「オーケイ。ちょっと、お願いしてみるよ」
 余裕は消え去り、中の異物感に喘ぎながらも軽い調子を作っていた。
 気持ちがふっと軽くなるが、別に軽くなりたいわけじゃない。
 指をもう一本。中にローションを塗りこみ、馴染ませる。足りないようなので、中に足した。
「ひぃああぁっ」
 しまった。トキヤは舌打つ。
 焦っていて忘れていたが、温めなかった。冷たかったろうに。
「大丈夫ですか?」
「ふ、ば、ばかぁっ」
「……………すみません」
 トキヤは謝りながら、必死に九九を唱えた。二十の段までいった。
 頼むから、そんな可愛い文句は今言わないでください。なんて、自業自得もいいところなのに言えるわけがなかった。
「レン。入れますよ」
「う、んんんっ」
 応える前に、一息に収めた。
 力が入る直前だったので、比較的容易に入った。
 苦しげに喘ぐレンの吐息が耳元でやまない。耳から犯されているようで、どっちが攻めているのか分からなかった。
「トキヤ、トキヤッ」
「レン」
 呼ばれる声に、キスを与えた。
 重ねるだけの唇は、けれど中を欲して舌を求めた。隙間からのばされた舌を絡め取り、愛する隙間もないほどに舌を合わせた。
「は……あっ、レンッ」
「ん、トキヤ……」
 自分の唾液が舌を伝い、唇を伝ってレンの口の中に入っていくのを眺める。これを飲んでしまえば、レンの中に自分がいることになるのか。考えて、変態くさかったかと笑う。
 レンは無意識に飲んで、後は零した。零れだしたものはレンのものと交わり、トキヤが望む姿を映しているようだった。
「レン。イきますよ」
「ん、イって、イって!」
 請われるまま、奥に叩きつける。
 ひくひくと絞めつけるキツさの中に、受け入れるような柔らかさと温かさがあって、トキヤのペニスを包み込んだ。
 レンのペニスを握り、扱く。
 後ろの刺激だけでは物足りなかったレンが、身体を爪先まで仰け反らせて喘いだ。
「あぁあああっ、あーっ、あ、ああああっ」
 悲鳴じみた声は、やめてと言っていて、強すぎる快楽に身を捩るしかなかった。
 トキヤはキスをぶつけ、逃がさない。
「ふ、ううっ、んぐぅううっ」
「……っは、あっ」
 吐息を、食らう。レンの吐息すら。
 背中に痛みが走り、顔を顰める。
 また爪を立てて。仕事に影響したらどうする。
 お仕置きだ。
 突くのを速めた。
「あ、あ、あぁああああ、あ、ああああああっ」
「ぐ、う……っ」
 まともに喘ぐことすら出来なくなったレンの絞めつけに後押しされるように、トキヤも中に出した。
「……あー……」
 情事の後の気怠さが襲う。
 レンの上で息を整え、トキヤは意識を保った。
 レンはまだ意識がしっかりしていない。
 だが、もう我慢ならなかった。
 久々なのだ。ちょっと暴走しても仕方ない。大目に見てもらおう。
 未だぼんやりしたままの恋人の腰を掴み、トキヤは腰を振った。






「……」
 レンは、ベッドで突っ伏した。
 まずい。
 只管にまずい。
 自業自得、と一概には言えないだけにまずい。
「レン……」
 隣では頭を撫でる恋人が苦笑している。
 チクショウ、他人事だと思って。
 悪態づくが、自分にも責任の一端はある。責められない。
 それに、どうせ出来ないのだ。
「今日は、ゆっくりしましょう。後で生姜湯作りますね」
「……」
 辛うじて頷いて、ベッドから動くことが出来ない我が身を呪った。
 疲れた。
 体力が有り余っている上に、長らくご無沙汰だったから余計に疲れた。
 よし。次からは少しずつ発散させよう。
 恋人の手に甘んじ、密かに決意を固めた。
     
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