早朝一番。とは程遠い、昼も過ぎ、夕方に近い時刻になって、ようよう目が覚めた。
隣にあるはずの温もりは冷め切っている。
毎度のことながら、さして気にも留めることなく朝日奈要は伸びをして敷布団から起き上がった。
身支度を整え、僧堂から本堂にひょこっと顔を覗かせると、見慣れた銀髪が視界に入った。
「千秋、隆生さんは?」
「おそようございます。仕事ですよ」
アンタは何やってるんですか、という視線をさらりと受け流して、ふむと要は頷いた。
要は居候のようなものだ。昔は僧侶として、檀家を訪ったり、説法を聞かせたりとしていたが、ここ最近はとんとしていない。好きな時に寝て、起きて、飯を食べる。仕事もしない。
ぐうたら生活が許されているのは偏に住職の隆生のお陰だ。要は有難く好意に甘えている。過ぎるほどに。
すっかり自堕落生活を満喫している要に、年下の千秋はあまりいい顔をしない。
「要さん、勤行しないんですか」
渋面で、窺うように向けられた問いに要は苦笑した。答えは分かっているだろうに。期待は捨てられないのだろう。
嘗ては要も勤行は勿論僧侶として一心に努めていた。言動に問題があっても看過されていたのは、要の姿勢が正しかったからだろう。
それこそ、仏につかえるかの如く要は高校に入ったあたりから心がけていた。
けれど、今は違う。一日を無意味に過ごし、腹が減らなければ飯は食わない。日がな一日ぼうっとして過ごすのも稀ではない。気付けは一日が終わっているというのもざらではない。
それは、宛ら生きることに飽き飽きしているかのよう。
要が僧侶となってから多くの時間を共に過ごした千秋は、昔を知るが故に今の要をあまりよく思っていない。事あるごとに昔に戻れと催促する。
しかし、要はそれが苦ではない。さらりと流せてしまう。千秋はそれがどうでもいいことなのだと気付いている。
最近では、女性を引っ掛けることもしなくなった。一時期、ふらりと修行の旅に出たことがあるが、前回と違うと薄々感じていた。前回は修行の旅。今度は、全く関係のない、要が何かを置いて来たような、そんな感じだ。
帰ってきた要は実家に帰ることもなく寺に居座り続けた。当然のように隆生と同じ部屋で眠る。一体中で何をしているのかは千秋の知ったことではないが、仕事だけはしてもらいたいものだ。
「要さん、飯なら冷蔵庫に入ってますよ」
「んー……」
生返事。
要はぼうっとよそを向いていた。
たまにこういうことがある。話しているのに、どこか別なところを見ていてここにはいないような感じ。二度目の旅から、要はよく意識を飛ばすようになった。
そうして、マトモに挨拶もなしにふらふらとどこかへ行ってしまう。
この寺には隆生と要と千秋の三人しかいないから、他人を驚かせるようなことはまずないはずだ。女性は適当にあしらえるようだし。
千秋は要のことは放っておいて、勤行に再び戻った。
要はふらふらと彷徨っていた。庭を裸足で突っ切り、あてどなく。
途中、ギョッとした顔の女性とすれ違ったが気にならなかった。
(こっちに、ある気がする……)
ずっと探しているものがある。ぷかぷかと水の中を沈みながら。
しかし、行けども行けども見当たらず、切り立った崖にぶち当たった。ひゅう、と風が吹く。
そういうことか、と何度思ったことだろう。
その度に邪魔が入って、それは違うと諭す。
「かなめ」
優しい声で、手を引っ張る。
「危ないよ」
労わるような手つきに、要はされるがままになった。
要を腕の中に抱き留めると、彼隆生は目尻を下げて笑みを乗せた。
隆生は怒らない。誰に対しても絶対に怒らない。要には目尻を下げて笑みを乗せる。それがいつも不思議でならなかった。こんなに面倒な人間の相手をしていてよく気がもつな、と。
「おはよう、かなめ」
隆生は、指先で髪を梳く。
要は何も返さなかった。
隆生は構わないとでも言うように、顔を染めて痛んだ金色の髪に埋める。要が帰って来てから、隆生は癖のように擦り寄る。髪だったり首筋だったり、もしくは頬だったり。
要は猫を見ているようで、じっと観察するのが癖になってしまった。
「ご飯はまだだね。私もお昼は抜いたから丁度いい、一緒に食べようか」
暇さえ見つけては、隆生は要の食事の面倒も見る。小鳥に餌をやるように口まで運び、噛むのを見届け、その間に自分も食べる。介護されているようで、要は年を感じるようになった。このまま日の下でポックリ逝ってもおかしくない。
隆生は要の肩を抱き寄せ、崖とは反対方向にゆっくり歩き出した。要は抗おうとも考えなかった。
「かなめ。寒くないかい。手が冷たいね。もうちょっと寒くなったら、温かい布団を買いに行こうか」
要が口を開くことはなかった。









知っている。優しい残酷な理由を。
だから優しさに甘えた。
     
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