「かなめ」
優しい、とろりとした声が耳元で紡がれた。
奇妙な浮遊感に揺蕩いながら、うっすらと双眸は天井にあった。
一回り大きな手がそっと頬を伝う。そこを流れているはずの雫を拭うように。
熱い掌は、首にかかる。
刹那、要は反射的に身を震わせた。今はない、そこやにあった罪過が、ことりと音を立てた気がした。存在を知らしめるかの如く。
目元に皺を刻み、優しい細面で、上からじっと観察されていた。
居心地が悪くなって、ついと顔を逸らすとすぐさま強引に戻される。
そろり、と掌が首筋を撫でる。罪過を探すように。
要は、きゅっと唇を噛んだ。
「かなめ」
真上から紡がれた名前に、要は為す術もなく対峙する。
優しい声色に、細面。掌の動きが荒々しかったこともない。何もかもが優しさで出来ている人。
それは、けれども偽りで塗り固めた要とかわらないように思えた。
唇に乗せられた優しすぎる笑みが、そろっと窺うように降りてくる。要は抵抗しなかった。
受け入れた唇は、額に、双眸に、鼻のてっぺんに、頬に、米神に、顎に降った。が、ついぞ唇には降りなかった。
優しい笑みをふわりと乗せて、睦言のように名前を紡ぐだけだ。
「かなめ」
要は、その声に呼ばれると拘束されているように感じる。優しく、窺うように、そろりと。
拘束されるのは嫌いではない。今更どうでもいいことだ。
ただ、この人はいつだって逃げ道をお膳立てしてくれて。まるで逃げろと言っているようで。どうしたらいいか分からなくなる。捕らえていたいのか、追いかけていたいだけなのか。中途半端に逃げられる環境は決断も下せず、のろのろと先送りにさせて、結局は留まってしまう。
行かなくては、と思うのだけれど、もう行く宛もないのだと。要は嗤笑して、立ち止まる。そして、この人はそっとそばに来て、肩を抱いて連れて行ってくれるのだ。まだ考えなくていい、ここにいようと。
要はもう何度目になるかわからない、とろとろとした微睡みの中にいた。
「かなめ」
掌は、いつだってそこから動くことはない。確かめるようになぞって、満足すれば隣に横たわる。
互いに一糸纏わず絡み合っていても、その手が要を弄ぶことはない。
「かなめ」
横から伸びた手に抱き締められ、要はそろっと目を閉じた。
呼吸が深くなると、隣の体温も同じものを持つ。
もう何度目になるか分からない睦みを、要は白む脳裏の奥で放った。








ずっと。もうずっと探している。
深い深い水の底を。
水底に堕ちる日を。
もうずっと待っている。
     
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