オレに、ありがとう
「むにゅぅ」
神宮寺レンは、うっすら目を開けた。気のせいか変な声が聞こえた。
マスターコースを出て、神宮寺レンは一人暮らしを始めた。他人の声なんてするわけがない。昨日は誰も招いていないはずだ。飲み会もなかった。なんでもいない。
そう言えば、妙にポカポカとする。寝る時は裸で眠る。朝は寒いが、一度素っ裸で眠ると何も纏わないというのは心地よくてすっかり日常となってしまった。小さい頃からの慣習である。
ジョージには腹を壊すからやめなさい、と口が酸っぱくなるくらい言われているが手遅れだ。
さては風邪でもひいたか。
だが、身体は熱くない。喉も鼻も頭も異常はなかった。
「んぅ」
まただ。
今度こそおかしいと、神宮寺レンは漸く目を覚ました。日の光が眩しい。
いつもと変わらぬ朝。
しかし、気持ちはバクバクと五月蝿かった。
何故なら、目の前にはオレンジ色の髪があったのである。単なるオレンジではない。神宮寺レンの見慣れたもの。
自分の髪色と何一つ変わらない色。
「っ、」
布団を剥ぐ。
まさか、と。嘘であってほしいと、自分の考えを否定して欲しかった。
が、そこにあったのは予想通りのもの。否、正確には違う。
「な、んで・・・」
丸くなって、すやすやと眠る小さな身体。
パッチリと丸い青色の目。オレンジ色の髪。母親似の幼い顔立ち。
成長しきっていない肢体。
「うそ、だろ・・・」
神宮寺レンは、絶句した。
それは、間違いなく幼い頃の自分だった。





頭の中で自分が嗤う。
神宮寺レンにとって、奥深くに仕舞い込んで閉じ込めた代物だ。夢を追い、仲間達と共に歩き出した。そう思ったから、隠した。見たくなかったから。
それは、過去の負の産物。
乗り越えたと思っていた過去。
「何を飲む?ジュース?お茶?」
目を覚ました小さな自分に問う。
視線を合わせないようにキッチンに入ると、自分の分のコーヒーを準備する。
返答も聞かず、慌ただしく動いた。
「・・・」
小さな視線を感じる。
目を覚ましてから、じっとこちらを見詰めていた。居心地が悪いたらありゃしない。
視線から逃れるようにせかせかと動くが、余計気まずい。
「十歳ってことは四年生?五年生かな?あの頃は何があったかな・・・。あっ、お腹は?」
「・・・」
返事は、ない。
ただ、視線が刺さるだけ。
「いやぁ、驚いたね。まさか十歳の自分に会えるなんて。光栄だよ」
嘘だ。早く帰ってほしい。
折角閉じ込めた過去が出てきてしまう。
「聖川もこの頃は可愛かったんだろうねぇ。あ、今ならランちゃんもまだ可愛いのかな?イッチーもバロンも会ってみたいな」
この頃はまだ聖川真斗とは険悪ではなかった。小さい頃はよく一緒にパーティを抜け出したりと、仲良く遊んでいた。お兄ちゃんと言われ、神宮寺レンも友達であり、弟のようでもあって嬉しかった。
それを絶ったのは、自分。
「イッキは変わってないかもなぁ。ブッキーも他のみんなは変わってるところ想像出来ないな」
生まれて来なければよかった、と父に罵られ、自分の出生と引き換えに母親を喪った。生来親の愛情も知らず、デモテープの中の母親しか知らない。
兄と和解したと言いつつも、過去の傷痕は塞がらない。
もう愛されることはないのだから。埋まりようがない。
「・・・」
とうとう神宮寺レンは、口を閉ざした。やることもなく、手を止める。
「・・・」
だが、真正面から相対することは出来ない。
しかし、
「う、うぇええええええっ!」
その時、十歳の神宮寺レンが泣き出した。突然だった。なんの前触れもなく、火がついたように泣き喚き出したのだ。
「えぇえええ、え、えぇえええええ!」
「ちょ、えっ・・・」
一体全体何がどうなっているのか。
神宮寺レンはあわあわと慌てふためいたが、キッチンから出ない。否、出れなかった。近寄ることが出来ない。
ただ呆然と立ち尽くし、見ているしかない。
その間にも、十歳の自分はふえふえと泣き続ける。
『っ、・・・く・・・』
過るのは、母のデモテープを聴いて泣いた自分。声を押し殺して、一人家族に見つからないところで。それだけが縁のように。ここにはいないと思い知らされて。
『えーと、お腹の赤ちゃんに捧げます。元気な子になってね』
愛情溢れる声。
ならば、何故。
何故、ここにいてくれないのだ。愛してくれない?勝手にいなくなって、一人残して。
その結果は?
父には厭われ、生まれて来なければと罵られ、自分の存在を否定することを覚えさせられた。歳の離れた兄とも関われず。
これは、あの頃の自分だ。
「ああああああっ、え、うえええええ」
「っ、ふ、ぅ・・・っ」
頬を一筋の雫が伝う。
泣きたいのは、俺だ。
あの頃、声をあげて泣き喚きたかったのは。愛されたかったのは。
自分だ。
「うぁああああああっ」
神宮寺レンは、泣いた。声をあげて。
十歳の自分と一緒に泣いた。
     
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