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「ランちゃん!ま、待って!」
早足の黒崎蘭丸に手を引かれながら、ルフレは呼びかけた。ただでさえ歩幅が違うのでほぼ走っている。
黒崎蘭丸は振り向くことも、足を止めることもしなかった。
「ね、ランちゃん!待って!あんなこと・・・ダメよ」
黒崎蘭丸は、反応を示す。一瞥だけ寄越し、「ダメ?」と訊ねる。その目はいつもの彼と異なった。
「だ、だって、あんな風にしたらランちゃんが」
「構わねぇよ」
「ランちゃん!」
「俺の女を泣かされたってのに、黙ってられっか!」
「っ、ら、ちゃ・・・」
ルフレは、目を大きく瞠って息を飲んだ。
今までどんなに猛アピールしようとものらりくらりとかわされ、気持ちを受け取ってもらうことすら出来なかった。
初めて聞く黒崎蘭丸の本音。「俺の女」というセリフ。
二人はエントランスを抜ける。ホテルの前に黒崎蘭丸の車が停められていた。
ルフレを強引に助手席に押し込み、運転席に乗り込むとエンジンをかけた。
「トキヤに聞いた。お前が泣いたって」
車を発進すると、黒崎蘭丸は重たい口を開いた。
「俺は今までずっとお前から逃げていた。二十も年が離れてるし、レンとカミュのガキだからだ」
それは、さっきも言われた言葉。
だから恋愛対象に見なかったのだと。
「だけど、トキヤに言われてそんなもんどうでもよくなった」
精悍な顔立ちに険が宿った。横顔に胸が高鳴る。
「お前から逃げたけど、泣かしたいんじゃねぇんだよ。しかも、アイツらのせいで泣いたって聞いてる黙ってられるか」
「・・・ランちゃん」
「もう誰かに泣かされるなんてごめんだ」
決意に満ちた横顔。
ルフレは、胸が詰まって両手を握った。
「逃げるのもやめだ。レンとカミュのガキってのも関係ねぇ。ルフレ、お前は俺のものだ」
絶対的な宣言。反論を一切許さない強い瞳。
ずっと好きだった男からの言葉に、ルフレはくしゃりと顔を歪めた。
「はいっ」
黒崎蘭丸が運転する横で、ルフレは泣き続けた。
今度は悔し涙でも悲しい涙でもない。嬉し涙だ。
帰宅すると、父と母が待ち構えていた。
「ルフレ!」
「ルフレ!」
真っ先に抱き着かれる。
ルフレのことを案じていたのが、震える身体から伝わる。力強く抱き締められる。
ルフレは微笑みすら浮かべながら、身を任せた。
「もう、ホントルフレが一番手がかかるんだから!」
「ママ」
「良い子ぶったって知ってるんだからねっ。ランちゃんのために頑張ってたのなんか!」
「ホント?」
「当然だ。俺を誰だと思っている。ルフレ、お前の父だぞ」
「そっか」
まさか両親まで気付いていたとは。上手く隠していたつもりでバレバレだったらしい。
泣きじゃくる母と自信満々に言い放った父に、ルフレは苦笑を零す。
「ごめんね。パパ、ママ」
母は、一瞬堪えるように顔を顰めた。しかし、堪えきれずにボロボロ涙が流れる。
「許さないんだから!オレ達をこんなに心配させて・・・」
「ママ」
「良い子になんかならないで。オレは、ルフレが大好きなんだよ。ルフレが辛いのは嫌だよ」
「ママ・・・」
再びがばっと抱き締められ、ルフレはかける言葉を失った。
黒崎蘭丸に振り向いてもらうために、そのためだけにルフレは良い子になった。品行も正し、物腰柔らかくお淑やかなレディを目指した。
しかし、それは親にとってはどれほど寂しいことか。早々に親離れして手の中を離れ、心を見れない。開いてもらえない。親としてこれ以上に辛いことはないだろう。他でもない娘に信頼されていないも同然だ。
黒崎蘭丸に振り向いてもらうことに必死で、全く考え無しだった。良い子のつもりがとんだ親不孝をしていたのだと、ルフレは反省した。
「ごめんね。わたし、パパとママのことなんて全然考えてなかった・・・ただ、ランちゃんに振り向いてもらいたかっただけなの・・・。パパとママに悲しい思いして欲しかったわけじゃないの」
「・・・当然だ」
母の手の力が強くなる。
思えば、こうやって会話したのは久々な気がする。ああ。ずっと両親は寂しい思いをしていたのだ。それなのに、ルフレの気持ちを尊重して見守ってくれた。
最後にこうやって伝えてくれた。
「ママ。パパ。ごめんね。・・・ありがとう。・・・大好き」
「う、うぇえええええ」
父と母に抱き締められながら、ルフレは目を閉じた。
久方振りに感じる両親の温もりは、安心してしまうほど心地良かった。
まるで子供に戻ったかのように、ルフレはその温かさに包まれた。
やっぱりダメだ。ルフレは全然立派なレディなんかじゃない。両親に寂しい思いをさせて上っ面だけ取り繕っていただけだ。
それでレディに近付いたと思っていた自分を恥じた。
そして、そんなルフレのガムシャラな想いを好きだと言ってくれた黒崎蘭丸に、自分は見合うレディなのだろうかと思った。
いや、全然だ。
だが、黒崎蘭丸が好きだと言ってくれた。ならば、今度はその気持ちに見合うレディになろう。
ううん。あなただけのレディになりたい。他の誰もない、あなただけの立派なレディに。
固く決意を胸に秘め、ルフレはそっと瞼を下ろした。
     
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