それは、浅はかな過ちだった。










朝比奈要には、二人の兄と十人の弟がいた。
父親は、末の弟が生まれてすぐに亡い。
母親は、十人以上も一人で産んだとは思えないほどの現役のキャリアウーマンである。男を狂わせる色香は、美しい顔立ちが合わさると傾城と歌われるほどである。時折、要も実母と分かっていながらも、その美貌に人生を狂わされそうになる。
要は僧侶でありながら、無類の女好き。しかしながら、兄弟が優先。他の兄弟からは、軟派な性格に眉を顰められるもそこそこ好かれている。
けれど、一度だけ。たった一度だけ過ちを犯したことがある。
『祈織!』
『嘘ならいらない。兄さんも、彼女も―――』
闇色の目。
ずっと、視線を捕らえていたものは無惨にも放られ、チェーンは千切れ飛んでいた。偽りの持ち主の心を表したように。
『い、お……』
仕方ないと思った。
嘘で塗り固め、無理矢理引き留めたのは要だった。大事な兄弟だから、とは理由にならない。要の我欲だ。
だから、もうここにいたくない、と。要の罪を連れて行くと言うなら仕方ないと思った。
妹の悲痛な叫びを聞くまでは。
『やめて……やめてください!』
妹は、要の上に跨る弟を引き剥がした。弟は邪魔をするなと暗闇の目を向けることもせず、今度は一人で別れを告げようとした。
『やめてください祈織さん!』
妹は弟を説得し、ついにはこの世に引きずり戻した。
『要さんは祈織さんのことが心配だったんです!』
そう言って。
要は、厚い透明な壁の向こう側で見ていた。いや、見ていることしか出来なかった。
弟が妹に心惹かれ、現世に留まる理由を得る過程を。
違う、と否定することも出来ず。
弟に偽りを与えたのは、残されたくなかったからだ。要は、兄弟全員を愛している。母親も、新しく出来た父親も、―――今はもう亡い父親も。
だから、虚構を作り上げた。そうでもしないと、後を追っていなくなってしまっていたから。
いつかは行くべきところへ行ってしまう兄弟の姿をみることに、要はまだ耐え兼ねた。
結果は、この様だ。騙した弟から信頼を失い、生きる理由を得た今では要のことなど視界にも入れない。もう必要ないのだと言って。
要は、ほんのりと唇に笑みを乗せた。
気付いてしまった。
仮令、要が兄弟を愛していても、誰も要の存在など目を向けないことを。
いなくなれば、泣くだろう。いざとなれば頼られるだろう。
それだけだ。
要が欲しいのは、絶対に必要だという証。
ここには、ない。
そうして、要は修行と偽って旅に出た。
今度は、心を捨てて行く旅に。
     
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