終夜
「だーかーらーぁ!」
珍しく声を荒げる射干玉のような漆黒の髪の男が、同じく黒い髪色の男の肩を揺さぶった。こちらは年嵩のようで、顔立ちに年齢を感じさせる。
だが、この男たちが外見年齢など当てに出来ないくらい生きていることを知っている身としては、化け物としか思えない。
「すいません、叢雲が……」
今現在声を荒げている男の連れが苦笑を零した。
俺より十は年下のこの少年は、父親と男が契約を交わし、ともにいるという。だが、今ではそれを越えた関係であるとも言っていた。
「いや、こっちこそすまん」
今現在声を荒げられている年嵩の男は、何を思ったか死を選んだ俺の命を欲した。それだけではない。自ら自分を殺した俺を救い、ここまで連れてきたのである。
『最近息子代わりが人間を拾った。これが実に楽しそうで、我も一人くらい拾おうかと思っていたのだ』
ちょうどみりんを切らしていたところに、お隣さんからお裾分けしてもらった。とでもいうように。なんで見殺しにしなかったと詰め寄る俺に、男はあっけらかんと言ってくれた。
死ねなかった。と、絶望に浸る間はなかった。
男は俺を連れ出し、息子代わりだという、声を荒げる男―――叢雲の家を訪れたのだ。無理矢理連れ出された俺の手をとって、「どうだ、我も拾ったぞ。さあ、楽しみを教えろ」と、言ってのけた男に叢雲は顎が外れるくらい仰天していた。
「叢雲、そろそろやめてあげろよ。困ってるぞ」
「いーや。この人に困らせられることはあっても、この人が困ることなんてない!ほれ見ろ、このきょとんとしたてんで理解してません、って顔を!」
「……」
その通り、とは敢えて言わなかった。叢雲が調子をつけそうだったので。否定もしなかったが。
「だいたい、死神なのになんでそんなに非力なんだ。鍬も使えないとか、ほんっと役に立たん!」
「ああ、我も驚いているところだ」
男は楽しみを教えろ、と言ったくせにまるで役に立たなかった。鍬ひとつ持ったこともなかった叢雲が言うのだから間違いない。へっぴり腰でもいずれは使い物になるはずなのに、見込みなしのお墨付きまで貰ったというのだから。
しかも、顔だけはいいものだから女性にうっとりされ、男どももその顔に甘く、仕事にならない。おかげで叢雲は楽しめない、と腹を立てているのだ。
原因の一つは、死を選び男のものになったらしい自分にもあるようなので、ここは黙秘しておくほうが得策だろう。
「小夜、おまえもやってみろ。叢雲はすごいぞ」
「褒めればいいと思うなよ」
「いや、すごいのは事実だからな」
「あああああああ」
とうとう男との押し問答に負けた叢雲が発狂した。あーあ、と少年―――六花は眉を八の字にしている。
ここはやはりフォローするべきだろうか。人として。
だが、相手は死神だし。と思っていると、男は叢雲をよそに俺の前に立つ。
「すごいぞ。人間がちまちまとして、それなのに収穫はあまりないのだ。よくあれだけ熱中できるものだといっそ感服すらする」
「……最悪だー」
「どうした。ああ、小夜もやってみるか。我もやってみて分かったが、非力な人間らしくするというのはなかなかに興味深い」
これを聞かせてやりたい。叢雲ですら、六花が全力で止めていなければ殴りかねない。
このご尊顔に騙されている人は多いが、男は死神なのだ。楽しんでやっているとか、お手伝いとかではない。畑仕事すら人間観察に過ぎないのだ。
とんでもないやつに拾われた。とは、ここに来て初日に痛感した。叶うならば六花と拾い主を交替してほしい。俺なら叢雲と上手くやれる。但し、六花のように夜まで上手くやれる自信はないからそこだけが難点だ。
「……アンタ、やるならせめて楽しんでやるとか、ちょっとは頑張れよ」
「何故だ?そうしたら、周りがよく見えないではないか」
「てっめええええええ」
ああ、六花ありがとう。おまえが抑えてくれなかったら、叢雲と男の殴り合いが始まっていた。一方的に叢雲が殴りかかり、男はわけが分からないと余裕綽々で避ける姿が目に浮かぶ。
「……あーやだやだ」
これならまだあのとき死んでいたほうが楽だったかもしれない。
「おいいいいいそこになおれええええ」
「何故だ。叢雲、そうカリカリしていては仕事に差し障るぞ」
「アンタが一番差し障ってるんだ!」
「まったくおかしなことをいうやつだな」
「叢雲、もう諦めろ……」
「なんっで俺が譲歩しなきゃならないんだ」
でも、
「あーはいはい。もう二人とも行け。俺は六花と店番しているから」
「ちょ、おい!」
「分かった。よし、行くぞ。叢雲」
「小夜のやつめんどくさくなったな!」
「はーいはい。いってらっしゃーい」
「あ、はははは……」
まあ、こんな生活を望んでいたわけじゃないけれど、悪くはない。


きっと、あのとき捨てたのは命じゃなくて、つまんない自分を嫌う気持ちだった。
     
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