朔夜
それは、深い夜のこと。
どっかの廃ビルの屋上。フェンスを乗り越え腰かけた。足元には地面が遠く広がり、車や人が所狭しとぎゅうぎゅうになって行き交っている。
ここから見下ろすと、どれだけ自分が生きにくい生活にずっぷり浸かっていたかがわかる。
そして、その生活に嫌気がさしてしまうのも無理からぬことと思ってしまうのも、また。
ひゅう、と吹き抜ける風が身を凍てつかせる。
ここから飛び降りたら、こんな寒さに身を置くこともないのだろう。そう思うと、楽な生き方だと思えてきた。
どうして座ってしまったのか分からない。眼下を眺めているのかも。
最後にこのクソみたいな世界を嘲笑いたかったのかもしれないし、悲観したかったのかもしれない。どちらも違うような気もする。
ただ、へたりこんだわけではないことだけは確かだ。
頭の中は空っぽで、恐怖とかはない。
「死ぬのか」
どこかからか、声が聞こえた。
あたりを見回すが、人の気配はない。
「惜しいな」
どこが。
俺の人生なんて失敗だらけだ。高校受験にも失敗して二流高校を受け、大学こそはと一念発起して念願の志望大学に入れたもののレベルについていけずにあっという間に置いて行かれた。頑張ってついていって、卒業して、しかし就職氷河期にぶち当たって定職に就くことも出来ず、フリーター生活をはじめて五年。結局、どこにも就職できず、自堕落な生活を続けている。
こんな人生のどこが惜しい。負け犬人生じゃないか。誰も欲しがらない。
誰も、俺なんかいらない。
「いいや、惜しい」
だが、声は否定する。
まるで、この夜空のように落ち着いた声色。ネオンの煩わしい輝きすらも相手にしない、孤高の色。
「その魂、我に寄越せ。不要だというのならば、貰い受けよう」
この命が欲しいだって?ああいいさ。欲しいならくれてやる。もうなくなるものだ。惜しくはない。
最後に誰かに必要とされ、欲されるのならば、せめて叶えてやろうじゃないか。
だが、俺はもうここにはいないがな。
すっくと立ち上がり、勢い良く地を蹴った。
走馬灯のように、景色がするすると変わっていく。重力に従って、風にぶつかる。
誰かが、悲鳴をあげたような気がする。誰かの視線も感じる。
だが、それすら最早どうでもよかった。
閉じた瞳の奥で、死を受け入れて手放した。



「まったく……。我のものだというのに、突拍子もないことをしてくれるものだ」
     
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