望月
ここは、都心からは程遠いド田舎の片隅。コンビニに行くにも電車を使わなけらばならないくらいの山や川、といった自然に囲まれた場所。
父を亡くし、死神と名乗った男と出逢ってから一年。俺は、この田舎で新しい人生を送っていた。
いや、
「六花、もうすぐ雨が降る。洗濯物を取り込んだほうがいい」
一人じゃない。
「ホント?ありがと」
洗いかけの食器を放置して、洗濯物を干している庭先に走る。空は今にも降り出しそうな機嫌の悪い顔をしている。
慌てて取り込むと、瞬く間に雨が降り出した。機嫌が悪いのに待っててくれたんだろうか、と思うくらいにはベストタイミングだ。
「叢雲、ごはんは?」
「食べる」
叢雲―――もとい、父と契約を交わした死神は言葉通り俺のそばにいてくれる。漆黒のローブを脱ぎ、シャツにスラックスといった普通の格好に身を包んで。
どこからどう見ても顔がいい人間にしか見えないこの男は、自殺した父と俺のそばにいると契約を交わした。生涯一人にしない、寂しい思いをさせない、ずっとそばにいる。
父の魂が輪廻から外れることと引き換えに。
あれから、葬儀も行っていないことを知ると、どうやってか小規模なものを用意してくれた。墓もこの近くを選んでくれて、どうせなら近いほうがいいだろうと、新しい家も見繕ってくれた。
俺は、高校卒業と同時にこの田舎に移り住み、二人で小規模なコンビニみたいな店をやっている。ここらへんはコンビニもないので、こんなものでもお客さんは来てくれる。むしろ、よく来てくれたと有難がられ、よく野菜や米といった自家農園でとれたものをくれる。
むしろ有難いのは俺の方だったが、田舎に珍しい若者を迎えてくれる気持ちも嬉しくて、有難く受け取っている。
店番は二人でしているが、叢雲はよく男手として駆り出されることがあるので一人ですることが多い。
最初は、俺のそばを離れまい、と断っていた。契約を何が何でも守ろうとしてくれたのだ。
けれど、俺はそばにいてくれることを知っていた。
心は、ずっとここにある。
そう言って説得すると、叢雲は快く駆り出されてくれた。
汗だくになりながら帰ってくる表情は清々しく、楽しげだった。どうやら畑仕事などをしたことがないらしく、新鮮らしい。
今では自らやることがないかとソワソワするからおかしくて仕方ない。
あんなに淡々としていた死神が、今では人間以上にイキイキしている。死を司る神なのに。と言ったら、あんなに楽しいことはない、と傍から見れば能面に嬉々とした色を浮かべて力説するのだ。
この間なんかは、おまえもやってみろと駆り出されたが、しんどかった。暫くはいい、と筋肉痛のせいで布団に沈んでいると、貧弱だな人間は、と言われた。死神からしたらそうだろうよ、とは言わないでおいた。
「あ、そういえば、このタケノコ。小町さんちの山でとれたんだって?」
タケノコご飯特盛にがっつき始めた叢雲を眺めつつ、ふと昨日のことを思い出す。
作業着を土まみれに、鍬を担いで帰ってきたかと思えば、嬉々とした顔で腕いっぱいのタケノコ片手に、「今日の夕餉はタケノコずくしだ!」なんて言うのだ。しかも目はキラキラしていて、思わずふきだしてしまったのはしまったのはしょうがないと思う。腹を抱えて笑う俺を、叢雲は不思議そうにしていた。
「さすが六花だな。タケノコごはんも味噌汁もうまい。今まで食事をしなくとも生きていけたが、今では食べ物のことしか考えられん。このツワと炒めたものも美味しいし、酢味噌で食べるのもいい。春は旨い季節だな」
「ぶっ、……あっはっはっはっは!」
死神が、春が美味しいとか。食べ物のことしか考えられないとか。どんな食いしん坊だよ。コイツ本当に死神か?
俺は抱腹絶倒、本気で死にかけた。笑いすぎて。
だが、俺は知っている。
叢雲は死神だ。
畑仕事など男手に数えられ、手伝っているが、傷一つ作ってきたことはない。そもそも傷なんてつかない。疲れるということを知らないし、食べなくても生きていけるが、無限に食べられる。
そして、
「六花。声を出せ」
「……っの、絶倫……変態、オヤジ……ぁあッ」
抱き合うようになってから、叢雲の無尽蔵な攻め立てに毎晩付き合わされている身としては、実感せざるを得ない。
「すまない。変態オヤジなものでな」
「くっそ……あ、あぁアアッ」
容赦ない突き立てに、漏れる声も掠れていた。
父の魂と引き換えの契約を履行しているだけの男に恋をしたのは、いつだったか。気付けば、履行しいるだけ、から人間としての暮らしに楽しみを見出すようになっていた姿に芽生えた。
そして、俺を守るうちに、俺と暮らし過ごすうちに死神もあらぬ感情を抱くようになったらしい。
想いを告げた俺に至極真面目に返した男のセリフは、正直間抜けだった。
でも、一番惹かれたのは言うまでもない。
男は死神で、人間として生きることなんてなかった。喜怒哀楽をともにすることもなかった。ただ真面目に生きてきただけで、一度その楽しみを覚えたら心の赴くまま。
俺なんて置いて行ってしまう。
「六花の中はぎゅうぎゅう締め付けてばかりだな。こんなにしているのに、緩まないのが不思議なくらいだ」
「ばか……ぁっ」
「どうした?」
「あ、あッ……」
けれど、ちゃんと帰ってきてくれる。
たくさんのお土産と、ただいま、って笑顔と一緒に。
     
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