両手に愛を握りしめている
「まんま」
「おっ、大気。とれたかー?」
今日の収穫を両手いっぱいに抱えて、幼子が駆け寄った。ふんわりと毛艶のよくなった肌や髪に、こっそり頬を綻ばせた。
ずっと下にある小さな頭をかきなぜた。柔らかい。ここに来た当初はギシギシしてて、かたかった。
ぐりぐりと頭を押し付けてくる幼子を抱き締めた。きゃっきゃ、と笑顔が返ってくる。
胸の中にぽわっと温かいものが灯った。小さな存在の一挙手一投足が、胸の裡の冷たいものを変えるのだ。それは、心を優しく覆うような柔らかいもので、救い上げたはずの存在に心が洗われる。
幼子の名前は、大気。
雪と雲の間にあるものからつけた。空、としなかったのはいい名前が浮かばなかったからだ。
見上げる一対の目が合うと、しゃがんで目線を合わせた。
きょとん、と目を瞬かせる挙動が可愛らしかった。
「パパはどうした?」
「ぱあぱは、ねえ……」
大気はうんうんと頭を抱えはじめた。唇がもにもにと動く。
言葉がまだ上手く出てこないのだ。大気は言葉があまり自由ではないので、助け舟を出してやらなければならないのだ。そのうちそれもやめねばならないのだが、今はまだ見送っている。
「山にいる? それとも畑?」
「やま!」
助け舟に、大気は勢いよく顔を上げた。
よくできたね、と頭を撫でるとつぶらな目が心地よさそうに閉じられた。
だが、ここで完結させては何もならない。会話を発展しなければならないのだ。
「山かぁ」
「うん」
「何をとってた?」
「ううん」
「とってないのか?」
「うん」
「じゃあ、お掃除?」
「ううん」
「お掃除してないの?」
「うん」
「じゃあ、なんだろうなあ」
大気はまたうんうん考え出す。
イメージはある。だが、言葉がまだ追いつかないのだ。
なんだろうなぁ、ともう一度呟いて、小さな身体を抱き上げた。きっとそのうちひょっこり帰ってくるだろう。近くに住み始めたおかしな男を叱り飛ばしている最中かもしれない。
そうして、まずこの子を抱き締めて言うのだ。ただいま、大気。と。
それから、二番目になった自分を抱き締めて言うのだ。ただいま、六花。と。
今日も疲れただのなんだの言って、癒しだなんだと抱き締めてくるだろう。
さて。抱き締められる準備をしておこうか。
「大気。ばんごはんなににしようか」
「うーん?」
「昨日は肉だったから魚かなぁ」
「さかな!」
「煮魚にする?」
「する!」
年の割に好みが年寄りくさいので、そろそろどうにかしてあげた方がいいかなぁ。煮魚って時間がかかるんだよなぁ。
他愛ない会話を零しながら、小さな手を握って帰り道を歩いた。
そのうちこの子の身体も抱き上げられないほど大きくなってしまうのだろう。目に入れても痛くないほど小さくてかわいかったこの子の成長が、今は途轍もなくさびしいのだと、いつか笑うことをしった子供が知る日は来るのだろうか。
「じゃあ、がんばろうかなぁ」
「うん!」
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