愛の免罪符
 そして、一つの命が終わりを迎えた。










 カーテンも窓も閉められた部屋。空気さえ入る隙間もない密閉された空間。
 枷をはめられた子供が見上げる。幼さを未だ残しつつ、一糸纏わぬ姿は思ったよりも貧相ではなかった。大事にされていたのだろう。
 子供は、じっと見上げる。首を傾げる、ということも知らない。
「お前が――か」
 子供の名前を問うと、やはり子供は反応を示さない。それが名前であることも、自身のものであることも知らない。それが答えだった。
 手を翳し、空間の歪を作る。ぐにゃりと曲がった空間は、幾重にも蜷局を巻く。ずず、と音もなく引きずりだされたそこから吐き出されたのは、血に汚れた生きていた身体。
 刹那、子供の目が瞠られる。
 枷が音をたてた。子供は、死体に近寄る。
 それが、死んでいることも分かっていない。恐る恐る身体を揺さぶり、反応がないことに惑い、声なき声で啼く。
「……っ、……っ」
 名前を呼ぶことすら出来ない。
 子供に何も教えなかった。言葉も、喋ることも。ただただ身体を愛し、愛を囁き、二人だけの世界に閉じ込めた。密閉空間の中、子供は純真無垢の無知なまま。
「それは、死んだ」
 きっと、このまま放っておけばその内子供は大勢の大人に見つかるだろう。可哀想にと保護されて、適切な施設へと移され、適切な教育を施され、適切なシアワセとやらを得るのだろう。
 その一方で、実験材料として言葉を与えられ、知識を与えられ、喋ることを与えられ、何一つ不自由することのない、不自由な生活を与えられるのだろう。
 そこでは、子供は何をされたのか教えられるだろう。手酷いことをされたと教え込まれるのだろう。
 この子供にとって、その愛情がどんな形だったのかすらも上書きしてしまう。
「だが、我が友との盟約により、お前を預かることになった」
 それは、この大人が望まなかった。
 一緒に連れて行きたい。置いて行きたくない。
 愛している。
 それが、最後の願い。
 その願いだけは叶えなかったけれど、大人が愛した子供を放ることは許さなかった。この子供を愛する大人こそが、友が愛した人間だったから。
「俺はお前を育てる気はない。が、丁度いいところに子供が欲しそうなところがあったんでな。そこに預けることにしよう」
 子供は、聞いていなかった。
 大人の身体と顎で揺すり、涙の出し方も知らず啼く。

 子供と大人は同種だったのだろう。
 愛し方も、愛され方も分からない純真無垢な無知の人間。
 それ故に、最期の言葉も知らなかったのだろう。
     
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