finalle
「もう、いいよ」
 すっかりしわくちゃになり、また面倒を見る年月。
 前は、仕方ないなぁと、なんにも出来ないくせに出来ると言い張ってカッコつけたがるところをフォローして。そのくせ手伝うと怒ったりとめんどくさかった。
 今は―――。
「ん? どうした」
 もうずっと変わらない姿のまま、にっこりと笑った。
 皺も、シミも何一つ出来なかった。そっくりそのまま。姿形だけを留め、この世に在り続けた。
 いつしか自分のせいだと気付き、苦しむ姿もずっと見てきた。離れることも最早出来ず、自分のせいだからと色々余計なものを背負いこんで、ふらふら歩いてきた。
「いいよ。もう」
 言葉の順序を変えて言われた言葉に、微苦笑を零す。
 いいよ、と言われてもどうしようもないのが現状なのだが。
 それを分かっているように、緩慢に首を振った。
「ごめん、俺の……せい、で」
 違うよ。あなたのせいじゃない。
「嘘」は、言わなかった。
 自分と、しわくちゃではなかった子供の願いの代償、対価だった。
 悔いは何度もした。あの時命を終えなければ、願わなければ。この子供はいつか救われたんじゃないか。
 本当は、自分が縛り続けていたいがために願ったのではないか。
 あの声の通り、生涯苦しみ続けた。
 苦しむ子供に苦しみ、それに子供は苦しむ。互いにそばにいてはならないのに、もう離れることは出来なかった。
「ずっと、後悔してた……。俺が、あんなこと言わなければ……願わなけれ、ば……て」
 二人で願った。
 強すぎる願いだった。
「正直、そばにいられると辛かった……」
 また、苦笑。
 仕方ない。
「だから、もう……いいよ」
 何が、とも何も言わない。
 いいよ、と。解放を指す。
 それから、老人はぱったりと動かなくなった。眠るように、目を閉じた。
 そして、
『もういいぞ』
 もう長いこと聞いていなかった、けれど一度も忘れることが出来なかった声が再び降った。
 ああ、終わりか。
 長い長い贖いの代償の旅は、終わったのだ。
 やっと。胸にわいたのは、嬉しさ。口元をふと綻ばせた。
 刹那、風をも切り裂く鎌が振り下ろされた。
 一瞬して、光の粒子が弾け飛び、しわくちゃの老人一人が眠った。

『最期に、お願いをしても?』
「ものによる」
『彼を、灰のひとかけらも残さず焼いてください』
 初めて、驚いた。
 灰のひとかけらも?
『私は彼に人生を奪われました。だから、いいでしょう? 彼を抱いて消えるくらい』
 傲慢ともとれる言葉に、そしてその言葉の裏に隠された切なる想いに。ふっと嘲笑が漏れた。
「いいだろう。ハナムケだ」
『言葉、間違っていませんか?』
「いいや? あっているよ」
 クスクスと笑い声を残し、それは消えた。
 確認してから、油を撒き散らして、ライターの火をつけて燃やした。
 灰のひとつも残さないように、隅々まで焼き尽くした。
「冥土の土産代わりだ」
     
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