星の願いの果て
 だって、―――――










 強い光だった。宛ら星の夢の果て。太陽の瞬き。
 一際存在を強く示す光は、何かを訴えかけるかのように一時も休まることはなかった。事実、頭の中に響く声があった。
「そのように喧しくされてはおちおち居眠りも出来ないではないか」
 仕事の合間に惰眠を貪っていたところを叩き起こされたので、機嫌は最高潮に悪かった。
 犯人をぶっ潰してやろうとわざわざ顔を拝みに来たが、よもや顔すらもないただの光とは思わず不完全燃焼である。いや、尚悪い。
 これは、魂の光だ。
 人が末期の願いのために、輪廻の軛すらも拒み、果ては魂そのものの消滅をかけて叶えようとしたのである。
「何を願った。人よ」
 問い掛けると、光は瞬くように脳に直接語りかけてきた。

 ―――かえりたい

「それは叶わぬ」
 最早この人間の身体は限界を迎えている。魂だけではない。現世に留まれないのだ。天へ還るというならまだしもこの人間の願いは別だろう。

 ―――かえり、たい

 だが、相手も聞き分けが悪く一筋縄ではいかないようだ。

 ―――かえ、り……たい……かえ、りた……い……

 段々とか細くなっていく声が哀愁を誘う。
「無理だ。いつからここにいたのかは知らないが、諦めろ」
 同情するわけでもなく、バッサリと切り捨てた。未練などにいちいち構っていられなかった。
 人は死を目前にすると必ず願いを紡ぐ。それを取り上げ、付き合っていては、とてもではないが一日数えきれぬほど落ちていく魂を刈り取っていけない。
「終わりだ。ここが、お前の」
 方法がないわけでもない。それをするつもりもないというだけのことだ。

 ―――かえ、りたい……かえりたい……

「……テメエ、いい加減にしろよ。オレが不可能だと言っているんだ。なんなら今すぐテメエの意思なんざ無視して消してやってもいいんだぞ」
 気はそう短い方ではないと自覚している。短いなんてもんじゃないからだ。
 その自分がここまで付き合ってやって、それでも駄々をこねる子供をいつまでも優しく諭してやる仏や神の類ならよそを当たれというもの。こちらは仕事で来ているのだ。

 ―――か、えり……た……

「自覚がねえのか?テメエがいつまでもそうしているせいで、魂も擦り減って、本来迎えるはずだった始まりも迎えられず、無駄にしているだけなんだぞ。それでも死にたくねえってか」
 魂の終わりが、星の夢の果てに例えられるとはよくいったもの。この魂はもう一度生きることは不可能に近い。
 本来ならば、擦り減った魂を癒し休める場所が向こう側である。しかし、この魂は長く常世にありすぎた。使わなくてもいい魂を使ってしまい、残っていないのだ。生きる気力が。

 ―――かえりたい

 それでも、人は願った。
 まるでそれしか言葉を知らぬかのように。
「ならば、オレが終わらせてやろう。精々泣き喚くがいい」
 左手に鎌を召喚し、振り上げた。
 酷薄な凍てついた双眸が獲物を捕らえる。
 刹那、
「ぐぅっ」
 脳に直接ヴィジョンが流れ込んできた。
 それは、人間が無意識に放つものだった。走馬灯のようなものだ。
 これは、願い。

 ―――かえりたい

 ―――かえりたい

 ―――だって、やくそくもしなかった

 ―――いつものようにかえれるとおもっていた

 ―――ちょっとそこまで、ねむっているきみをおこすのはしのびなくて

 ―――だから、かえりたい

 ―――きっときみはずっとまっていてくれているだろうから

 ―――なんのやくそくも、のこしてきたものもないのに

 ―――まっていてくれているはずだから

「……ばっかじゃねえの」
 怜悧な光を放つ鎌を、力なく下ろした。
 約束のためではなく、待つ人のために帰ることを願う人間に怒りや全てが抜け落ちる。
「死んだ人間は生きている人間に会うことは叶わない。それが、理だ」
 理が崩れれば、明確に線引きされている境目が曖昧になる。それは、決してしてはならないこと。
「もう一度、生きる道もあっただろ」
 そうしなかったのは、待つ人間を裏切ることだと思ったからか。一度死に、再び常世の世界に生を受ける。前世の約束のために、生きる。それも一つの道だ。
 しかし、この人間はそうしなかった。ただただ、帰ろうとしたのだ。新たな生ではなく、今の自分で。

 ―――かえりたい

 もう人間の願いを煩わしいとは思えなかった。

     
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