士気を感じ取った馬が、ぶるりと震えた。
 横面を撫でてやると、鼻を鳴らす。
 いい面構えだ。馬は褒められることを好む。プライドが高く、心を通わせるとそれだけ戦場で強く駆る。
 往年を戦場でともに駆けた。朝も夜もともに寝て、起きて、毛並を整えてやった。かけた時間と愛情が比例しているぶん馬に置ける信もあつかった。
 馬も同じだ。最早単なる家畜ではない。人の横に並んでもなんら見劣りしない。つんとすまして、人間を見下してふんと鼻息をたてるだろう。
 よしよし。
 ぶるり。顔を振った。
 敵は、目前にある。騎馬隊の後ろには車が並び、槍や剣を構えた兵が眼光鋭く対峙していた。
 凪が続いている。弓箭部隊は揃えていたが、はたして役立つだろうか。
 端のほうで勇ましい将が鬨の声をあげた。大柄な身の丈ほどもある剣を振り回し、がんがんと柄を地面にぶつけていた。いつものことではあるが、若干ひいてしまっている兵卒もいた。だが、下がる一方で身近な兵は士気を上げていた。それにつられ、近くにいた兵の士気が徐々に伝わって行く。
 いい傾向だ。そう思おうとした。
 近々殿下に直接進言申し上げ、一考したほうがよいかもしれない。
 瞬きひとつ、微動だにせず、敵陣の将から殿下はちっとも目線を逸らさなかった。
 相変わらず気難しいお方だ。
 その年にしてはだいぶ大人びて、しっかりしすぎているところもあり、それが逆に陛下を脅かしていた。
 陛下は弱いお方ではない。勇猛な王だ。半生を戦いに明け暮れ、内外問わず敵を排してきた。
 故に、殿下を危険視しているのだ。自分と同じく、身内すらも排するのではないかと。
 ある意味では哀れで、気の休まることのない方だ。
 殿下や陛下ではなく、国に仕えている心づもりである。いつかこの王や王子が袂を分かったときが恐ろしく感じられた。目前の敵よりも。
 殿下が剣を掲げた。
 兵卒まで士気が行き渡り、剣をぶつけていた将軍も固唾をのんだ。
「攻撃せよ!」
 勇ましい声があがる。次いで、無数の雄叫びがそこかしこから湧き上がった。
 馬を駆る。
 歩兵は走り出し、騎馬兵は馬の腹を蹴った。
 敵陣からも声があがった。
 士気と士気がぶつかり合う。
 そして、剣と剣がぶつかり合う。
 歩兵から首を狩っていき、騎馬兵は突いた。


     
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