終わらない国
その国では、未だ戦争が続いています。
硝煙のにおい、血のにおい、それから人の糞尿のにおいが鼻を突き刺します。
いつからかは正確にわかりません。彼らの頭にあるのは勝つことだけです。
何故なら、勝てば幸せになれるからです。
温かい家族をある者は失い、ある者は守るために戦っています。これも全て敵が悪いのです。
敵を倒さなければ、戦争は終わりません。
戦争が好きなのか、と聞かれれば、彼らは否と答えるでしょう。
では、何故戦うのかと聞かれれば、仕方ないからと答えるでしょう。戦わなければ、死にます。敵が攻めてくるのです。家族も自分もいるのに、敵がいるところに無防備でただ助けてくださいと縋り、命乞いをすることなんてできません。
今日も、彼らは敵を撃ちます。彼らとは、男です。青年です。壮年です。少年です。
女性は戦うことが出来ません。女性は守られるべき存在なので、女性を戦いに参加させることは彼らの誇りを汚す行為です。
また、女性は全ての命の母です。女性を人質にしたり、殺したりすることは神への冒涜とみなされ、絶対に許されないことなのです。
そのため、重傷兵を手当てするのも男です。女性はいません。
男は生まれたその瞬間から戦士になるために教育を受け、女は生まれたその瞬間から次なる戦士を産むために教育を受けます。女は大事に奥に匿われ、一族の中でも上位に立ちます。
物心がつくと、男は銃を習います。訓練と名付けた実地練習で人を撃ち、的を狙います。
引き鉄の引き方、弾の入れ方、手入れの方法を幼い頃からみっちりと叩き込まれ、ほぼ身の丈もある重たい銃を持てるように鍛錬を積みます。
そうして漸く戦いに身を置くことの出来る戦士となった男は、一人前と認められるのです。
男は戦いの中で敵を撃ち、その首級をとることで勲章と教えられるのです。
この国では毎日銃撃戦があります。空を飛ぶ機械や、海を渡る機械、地を鉄鋼で歩く機械もありません。時限式や手榴弾などの爆弾は度々使います。爆弾は投げると簡単に人が吹っ飛びますが、ヘタをすると近隣住民も巻き込みかねないし、うっかり打ち返されでもしたら自爆します。
よって、銃撃が主となるわけです。
一瞬たりとも息をつけません。死角から敵を倒さんと狙いをかまえる敵がいるので、息をついた瞬間死にます。
夜になっても、奇襲をしてくることが多々あるので交代で見張りをします。
そのためか、男達は比較的寿命が短いです。勿論、戦死となるなら光栄なことですが、病や怪我で病床の住人となる戦士も多く、そういった人達は戦士として戦死出来ないことを恥じて自刃することも稀ではありません。
ある時、この国に旅人が訪れました。
旅人は、祖国を亡くして泣く泣く流浪に身を置いているのですが、この国に入って驚いたことはその危険度です。
この国には門番のようなものはいませんでした。代わりに、入った瞬間にこの国は戦争の真っ只中でした。
観光気分で訪れた旅人はわけも分からず、取り敢えずその辺に身を隠しました。
この国には城壁もありません。ない方がいいのでしょう。その分、戦う場所も広くなりますから。
旅人はそこらへんにいた人に事情を尋ねます。
最初は訝しんでいた人も、旅人の恰好に納得してすぐに国を出るように言いました。
「この国に入った瞬間から、君は敵とみなされる。何故なら、仲間ではないからだ」
この国では、仲間の顔は覚えても、敵の顔は覚えません。見覚えがないものは殺すのが当然です。
制服などは代えがきくので、顔を覚える方が手っ取り早いのでした。
「さあ、早くこの国を…っ」
刹那、彼は吹っ飛びました。
敵から手榴弾を投げられ、跡形もなく木端微塵です。
旅人はすんでで物陰に飛び込み、身を隠したので重傷で済みました。
しかし、このままでは国から出ることも出来ません。
走馬灯が流れました。ろくな人生ではありませんでしたが、せめて戦場ではない場所で死にたかったと思います。ゆっくりと老衰出来たならよかった。
「大丈夫かっ?」
死を覚悟した旅人の元へ、男が現れました。先程の男と、同じ服です。
「アンタ、旅人なんだろ。外に連れて行ってやる」
外に一歩出れば、そこは休戦地帯となります。この国で起きている戦争をよそへは持ち込まない。それが、定められたルールです。
男は旅人を門の外へ運ぶと、丁寧に治療をしてくれました。
「すみません。大切な物資を…」
「いいってことよ。巻き込んじまったからな」
「いえ。俺が、勝手に入ったのが…」
男は水を少し飲ませ、少しだけの食糧を分けてくれて、木陰で休ませてくれました。
「どうして、戦争をするんですか?」
旅人は訊ねました。
どうして? 国の中で、同じ国の人なのに。
男は、顔を顰めました。
「仕方ねえだろ。アイツらがいるからだ」
「仲良くは、出来ないのですか」
「無理だね。俺らがそうしようとする間に、アイツらは俺らを殺しに来る。一人でも多く殺さないと、俺も、みんなも死んじまう」
「みんな…」
「お前の国に戦争はなかったのか?」
「……なかったんですが、攻め入られて、そのまま……」
「そうか、わりぃな」
旅人の手当てが終わると、男は横に座りました。
「お前達から見ると、戦争をする俺らは『悪』なのかもな」
「そんなことは」
ない。とは言えませんでした。何故なら、彼は戦争が彼の全てを奪ってしまったことを知っています。
男は、旅人の心情を察したように笑いました。
「でもよ、俺達って悪いことしてるのか?」
「え?」
「だって、殺さないと殺されるんだ。仲間が今日、死ぬんだ。撃たないと、撃たれるんだ。撃たれたことあるだろ? 今、撃たれたもんな。痛いだろ? 死ぬのは、もっといてぇよな。俺、怖ぇよ」
男は、淡々と言いました。しかし、その中に旅人には理解出来ない何かがあることも分かりました。
「なあ、俺らは『悪』なんかじゃねえよ」
戦ってるんだ。
男は、言いました。
それから、男は回り道を教えて、国に帰って行きました。
旅人は容態が安定すると、男に教えられたとおりの道を通って、国を後にしました。
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