絶対戦争反対者
 この国には、戦争はありません。
 有史以来、この国は戦争をしたことがありません。
 彼らは笑って言います。
「戦争? そんなのなんの得になるんだい?」
「ああやだやだ。戦争なんて! あたしゃ、戦争が嫌でねぇ。戦争のないことが一番だよ」
「戦争なんてするより毎日コツコツ生きる方がよっぽど有意義だよ!」
 戦争をしたことがない。それが、彼らの誇りです。
 彼らは表情を強張らせて、戦争がいかほど恐ろしいのか語ります。無残で、残酷で、人の命を奪うあってはならないものだと語ります。時には身振り手振りまで使って。
 この国には城壁がありません。攻め込まれる心配がないからです。攻め込まれる心配がないのは、彼らが戦争を嫌うからです。戦争は人の心を食い荒らすものなので、戦争などしてはいけないと諭し、論ずることで周囲もその愚かさに気付くのです。
 事実、この国が攻め込まれたことはありません。
 有史以来、戦争も、攻め込まれたこともないという事実は、この国こそが正しいのだと証明していました。
 彼らは言います。
「戦争なんて愚かしい真似はやめるべきだ。誰もなんも得をしないよ」
「戦争はみんなの笑顔を奪うよ」
 この国では、標語というものがあります。五・七・五の音を使って、警告などを書きます。彼らは一様にして、戦争の愚かさや、むごたらしさをこれでもかと残酷に書きます。
 小説でも同じです。人の腕が千切れたり、時限爆弾で人が吹っ飛んだりします。
 そして、彼らは言います。
「戦争なんていけない!」
 ある時、この国に旅人が訪れました。見た目は軽装で、旅慣れている感じでした。
 旅人は昔別の国に住んでいましたが、突如他国に攻め入られて、泣く泣くその国を後にしたのでした。
 この国を訪って驚いたのは、門番がいないことでした。
 街の中は平和そのもので、みんなの顔に笑みが浮かんでいました。怒っている人も、泣いている人もいません。
「やあ、旅人さんかな? はじめまして!」
「こんにちは」
「ゆっくり観光していくといいよ」
「ありがとうございます」
 礼を述べると、ところで、と旅人は切り出しました。
「この国には門番がいなかったのですが、僕は検査も受けていません。もしいるなら、ちゃんと受けようと思うのですが…」
 旅人の質問に、男はきょとんと目を丸くしました。
 それから、がっはっは、と大きく口を挙げて笑いました。
「なに言ってるんだい! 当たり前じゃないか!」
「当たり前?」
「そうだよ! 門番なんて必要ないよ」
 旅人が首を傾げると、男はやれやれと溜息をつきました。
「わたし達は戦うことが大嫌いなんだ。旅人さんを疑うような真似もね。だから、必要ないんだよ」
「それでは、攻め込まれた時にはどうするのですか?」
 男は、またもや大口を開けて笑いました。
「そんなことあるわけがないよ!」
 旅人は訊ねました。何故、と。
「わたし達の考えにきっと悔い改めるからさ!」
 男は歯を見せて笑いました。
 旅人は男に礼を言って、その場を後にしました。
 この国ではブドウ酒が盛んなようで、そこらじゅうから美味しそうなブドウのにおいがしました。
 旅人はレストランに入って、ブドウ酒をふんだんに使ったステーキを食べました。付け合せにサラダとパン、スープ、デザートまでたらふく食べました。
 店を出ると、外はもう夕暮れ時でした。
 夜に旅をするのは憚られたので、今日はここで宿をとることにしました。
 目についた宿に入り、一晩泊まりました。
 次の日、旅人は宿を後にしました。
 それから、あまり見るところもなかったのでとっとと国から出ることにしました。やはり門番はいませんでした。
 門番のいない国を出て、暫く歩き続けました。
 二日目のこと。小高い丘に辿り着くと、一人の男が旅人が出て来た国を望遠鏡で見ていました。
 旅人が声をかけると、男は苦笑しました。
「俺はあの国の生まれでね。時折、こうやってここから祖国を眺めてるんだ」
「何故、ここから?」
「あの国は攻め入られてないか、まだ大丈夫かと思って」
「誰も攻め入らない、と聞きましたが…」
 男は苦笑しました。これはなにやらわけありのようです。
 旅人は好奇心に誘われ、男に話を聞かせてもらうことにしました。
 曰く、男はあの国の諜報員で、各国を飛び回っては火種になりそうなものを消したり、国に危機が訪れそうな時は危険を回避する役目を請け負っていました。あの国が戦争を嫌っているという話は有名で、周辺諸国家も無暗に手を出せません。
「気味が悪いんだと」
「気味が?」
「君も見ただろう、あの国を」
 戦争なんて! と口々に非難する人々。その顔には怒りも悲しみもなく、笑顔だけ。
 戦争がどれほど恐ろしく、残酷か。彼らは壮大に語って見せるのです。
「まるで一種の宗教団体だ、ってね」
「あなたも、そう思いますか?」
「そうだね。俺もたの国にいた頃は戦争なんて愚かしいことだと教えられてきたし、実際愚かなんだと思うよ。だけど、なんて言ったらいいのか……」
 彼は言葉を探し、稍あって、ああ、と頷きます。
「形の見えないものの中身を空想上でしか語ってないんだ。つまり、理想論なんだね」
「理想論……」
「彼らは知らないのさ。言葉が通じない相手がいることも、正しいか正しくないかの二極に分かれた世界がないことも」
「では、間違っている、と?」
「いいや。間違ってはいないさ」
 旅人の疑問に、男は首を振ります。少しだけ哀愁を帯びて。
「ただ、井の中の蛙が何を言っても所詮はその程度。――事実、俺達みたいな人間がこうして戦争を食い止めるために奔走しているから、戦争を厭えるんだよ」
「なるほど。とても興味深いお話でした。ありがとうございます」
「いいえ。どういたしまして」
 男は手を振り、旅人を見送りました。

     
return
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -