人を食べる国
 ある日、その国に彼は来ました。
 その国は、一見なんら他の国と変わりがない、悪く言えば変わりばえのしない国でした。
 彼は、門を叩きます。
「すみませーん」
 大きな門は彼の背丈の何倍あるでしょうか。背を反らしてもてっぺんが見えることはありません。
 彼はぐぐっと背伸びして見ました。やはり見えません。
「はい」
 中から人が現れました。鎧も着ていない、ごく普通の服を着ていました。民族独特の服でもないようです。
 彼は挨拶をしました。どうやらこの国では彼の挨拶が無礼にあたることはなかったようです。この国の前に訪れた国では、彼の挨拶が無礼に当たるということで、鎧を着た鬼のように強そうな門番に追い掛け回されたのです。
 窺うようにして覗き込んだ彼に、門番は優しく言いました。
「どうしました?」
「入国は出来ますか?」
「ええ、勿論」
「移民を希望したいのですが、この国では受け入れてくれますか?」
「勿論! 私達はどんな人も受け入れますよ!」
 彼は胸をなでおろしました。
 つい先日のことです。彼の国は亡びました。
 隣国に攻め入られ、国ごと丸焼けでした。逃げられた人は彼くらいのものでしょう。
 跡形もなく焼け焦げた国を、最後に見ることができました。丘の上から臨んだ国はかつての美しさを失い、宛らそれは消し炭。住んでいた家も、それがどこにあったかもわかりませんでした。彼の痕跡すら消してしまった国を思って泣くこともどうしてだかできませんでした。
 それからは、隣国の脅威から逃れるために新しい居住地を求めて、彼は旅に出ました。といっても、この国でまだ二つ目です。一つ目では命からがら逃げだすことしかできませんでした。
「では、中へどうぞ。案内しますよ」
「ありがとうございます」
 大きな門が閉まりました。重厚な扉は、彼の好奇心を開く扉のようでした。
 彼は門番と一緒に、町へ行きました。門番は丁度交代の時間だったらしく、親切に案内してくれました。
 町は明るく、笑顔のある国でした。彼の祖国と同じくらい、楽しそうな国でした。
 露店では新鮮な野菜や果物も売っており、どれもこれもとれたての美味しそうな瑞々しさを持っており、空腹の彼の腹が鳴りました。
「あっ」
「ちょうどいいですし、お昼にしましょう」
 門番は町の奥へ案内してくれました。とても美味しい小料理屋さんでした。
 外観は女性が好みそうな感じで、中からいいにおいがしてきます。
「ここにしましょう」
「はい! 美味しそうですね!」
 門番と彼は中に入りました。
 お昼時ということもあり、中は大混雑でした。
「すみません、少し待つことになりそうです」
「いいえ! 空腹に待つのはつきものです。いいスパイスになると思います!」
「これはこれは…期待を裏切らないようにしなくてはいけませんね」
「大丈夫ですよ。これだけ混んでいるなら、美味しいに決まっています」
「安さ第一かもしれませんよ」
「その時は空腹で誤魔化します!」
「おやおや」
 門番はクスクスと笑いました。
 やがて、彼らの順番が来ました。
 ウェイターに案内され、彼らは席に着きます。
「さて、どれにしましょう。あ、文字は読めますか?」
「あ、大丈夫なようです………え?」
 メニューを眺め、彼は目を見開きました。
「どうしました?」
「あ、いえ…。どうやら、私がいた国と文字が違うようです」
「おや? そうですか。何か気になるものがありましたら、代わりに読みますよ」
「お願いします。これなんですけど……」
「ああ、これですか! これは、『人肉のラム酒ステーキ』です!」
「は?」
 彼は、耳を疑いました。
 そのページは、どれも『人肉』を使った料理ばかりでした。ステーキ、ロースト、シュラスコ、ケバブ、その他諸々。どれもこれも『人肉の』と書いてあります。そもそも、ページが『人肉料理』のページでした。
「えっと、これ、『人肉』と書いてあるのですが…」
「はい。そうですよ」
「えーと。俺の知っている『人肉』って人の…人間の肉のことなんですが……ち、違いますよね」
 不安を紛らわすように、彼は笑いました。
 しかし、門番はにっこり笑って言います。
「あっていますよ! 我が国でも『人肉』は人間の肉のことです」
 瞬間、彼の顔から血の気が引いて行きました。
「ここの『人肉料理』はとても美味しいのですよ。特に、シュラスコなんかは涎がたっぶり出てきます」
「えっ。ちょっと待ってください! 人の肉を食べるのですかっ?」
「そうですよ」
 門番は、まるでなんでもないことのように言います。きょとんと、目を丸くしていました。
「あなたの国では食べないのですか?」
「食べるわけないじゃないですか! 『人肉』だなんて…人の道から外れてる!」
「落ち着いてください」
「なんで…なんでそんな酷いことが出来るんですか!」
 なんてことだ。彼は頭を抱えた。この国はいい国なんてものじゃない。人殺しの国なのだ。人の肉を食らって、笑って生きていられるような国なのだ。
 門番は彼を宥めようと手を伸ばすが、振り払われる。
「私達は生きている人間を殺して食べるなんてマネはしていませんよ。人殺しは犯罪ですからね。むしろ、犬猫から牛や馬、鳥、魚などどのような生き物であろうと殺生は禁止されています」
「ウソだ!」
「ウソではありません。この国では、死んだ生き物の肉を特殊な加工をして、食べられるようにします。これは、政府から特別に許可を受けた食肉加工業者にしか出来ません。『人肉』も同じです」
「だからと言って許されることではないでしょう! 神がお許しにならない!」
「我が国は、小さいのです。人を埋めるような土地もありません。それに、肉がなけらば生きていけないでしょう? でも、我らは生き物を食べることは出来ません」
 そして、『人肉』を食べるようになった。初めて食べた人が誰だったのか。今では記録にも残っていない。忘れられてしまった。
 生き物を食べることは重罪にあたる。だが、この国では、『肉』は『死肉』なのだ。それを特別な加工をして、食べられるようにしている。死んでいるなら生き物ではない。
「あなたも肉は食べるでしょう?」
「人は食べません」
「何故です? 何故、人だけが許されないのですか? 牛や馬、豚。住むところが違えば禁止されているものも違います。同族食いだから? なら、何故人以外が許されるのですか? 馬が馬の肉を食うのはいけないのですか? 違うでしょう? それに、あなたが生き物を食べるということの方が、私達には受け入れがたい真実です。ですが、私達はそれを否定しません。何故なら、あなたと私は違うからです。人を食べてはいけないと言ったのは誰ですか? それを罰したのは誰ですか?」
「おかしい…狂ってる!」
 彼は叫びました。食事を楽しんでいた人々の注目が彼に集まっていた。
「神よ。コイツらに罰を与えたまえ!」
 彼は一声叫ぶと、小料理屋さんから走って出て行ってしまいました。そして、国からも。
 彼の去った後をぽかんと眺めていた人々は、暫し呆気にとられていたが、やがて何事もなかったかのように食事に戻った。
 勿論、門番も『人肉のソテー』に旨そうにむしゃぶりついた。
     
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