王女の愛した髑髏
「ふふ」
 メイドがにっこり笑った。
『王女様』
 フリルとリボンがたっぷりの、ピンク色のドレスをあてて、まあと声をあげる。
「ふふ」
『王女様は何を着てもお似合いになりますね』
「ふふ」
 別なメイドが頷く。
『御髪もまるで王女様のためだけに、神様が用意されたようですわ』
 金色のくるくると巻いた髪を梳り、メイドは笑う。
『ほら、こんなに可愛らしい』
 丁寧に、壊れ物に触れるかのように、そっと触れて見せた。その目は、羨望が映し出され、自慢の巻き毛を褒められて鼻が高かった。
「ふふ」
『そばかすひとつないなんて羨ましい……』
 また別なメイドがうっとりと声をあげる。
『ええ。本当に。大きな金色の美しい瞳。この頬なんて、天使の生き写しみたいだわ』
『悪魔が来たら食べられるんじゃないかしら』
 メイド達はこぞってまあ、大変と顔を蒼褪めさせる。
 ちょっぴり怖かったけど、彼女達が口々にもしそうなったらお守りいたしますわ、と声を揃えたのでほっと胸をなでおろした。
 今日は眠れなくなるかもしれない。そう零すと、メイドの一人が、「では眠くなるまでお側で物語でもお聞かせいたしましょう」と優しく笑ってくれた。大きく頷くと、にっこりと笑顔が向けられる。
「ふふ」
『大丈夫ですよ、王女様』
『ええ、ええ。私達がお守りいたしますからね』
『だから、王女様は安心してください』
 綺麗な青玉や紅玉、金剛石など色とりどりの宝玉で出来た鏡が天使を映す。誰しもに愛されるためだけに産まれてきた尊顔は、にっこりと笑う。鏡の中の自分に、傷ひとつない自分に、にっこりと。
「ふふ」
『王女様、お人形遊びをいたしましょう』
 メイドの一人が人形を持ち寄った。
 自分よりもあまり綺麗ではない。自分のものも、自分よりはそう綺麗ではない。
 そう。この美しさは人形如きに表せるものではないのだ。
『王女様。私達の可愛い王女様』
『どうして王女様はそんなに可愛らしいのですか?』
 王女という地位もまるで自分のためだけに用意されていたかのように。
「ふふ」
 メイド達が人形を持ち寄り、口々に王女を褒め称える。
 王女はにっこりと笑い、当然のことのように受け入れる。
「ふふ」
 王女は、額に口づけた。
『王女様、王女様』
 かまってかまって、と子犬のように人形を持ち寄るメイド。
「ふふ」
 王女は、頭頂に口づけた。
『王女様のお傍近くに仕えることが出来て、私どもは光栄の極みにございます』
 慇懃で、にっこりと年嵩の貫録で仕えたメイド。
「ふふ」
 王女は、頬に口づけた。
『王女様。お手入れは私達にお任せください。今日もとっておきの美容を聞いてきたんですよ』
 人形よりも可愛らしい顔立ちを、丁寧に手入れしてくれたメイド。
「ふふ」
 王女は、鼻に口づけた。
『王女様。今日はお庭でお茶にいたしましょう。ほら、よく晴れていて、薔薇が綺麗に咲いていますよ。近くで見ると綺麗ですよ』
 とびきりお茶を淹れるのが上手かったメイド。
「ふふ」
 王女は、笑った。
「ふふ」
 彼女らをひとつひとつ抱えて、愛でるように口づけた。
「ふふ」
 王女は、笑う。
「ふふ」
 にっこりと、愛らしい頬を桃色に染め、ふんわりと笑う。
「ふふ」
 天使の生まれ変わりと言われた王女が、笑う。
「王女様」
「ふふ」
 カツリ。
 物々しい音を立てて、騎士は広間に足を踏み入れた。
「ふふ」
「王女様」
 それ以上言を重ねるでもなく、騎士は見慣れた光景に表情一つ変えなかった。
「ふふ」
「王女様」
「ふふ」
 騎士は、口を閉ざした。
 王女を取り囲むようにして、まるで今でも愛していると言うように無数に転がる髑髏されこうべ。
「ふふ」
 王女はひとつひとつ丁寧に持ち上げ、口づけていく。
「ふふ」
 昔と変わらない、天使のような愛らしい笑顔で。
「王女様、お茶のお時間です」
 そして、彼は言う。
「今日はよく晴れておりますから、外でお茶にしましょう。薔薇も咲いて、とてもきれいですよ」
 外は、雨。薔薇は、焼け焦げて跡形もない。
 それでも、騎士は言う。
「さあ、行きましょう」
「ふふ」
 王女は素直に立ち上がり、髑髏を一つ抱えて歩いた。
「今日の葉は趣向をこらしてみましたよ」
 騎士は、ワゴンを押して、もう片方の手で王女の手を握った。
 外は、ざあざあと風も唸る雨が降り注いでいる。
 騎士は、窓の外を見遣ることはしなかった
代わりに、口を動かした。
「王女様、もうすぐ紫陽花の花も咲きますよ」
「ふふ」
「満開になったら、お庭でお茶をしましょう」
「ふふ」
 王女は、笑う。
 騎士は、言う。
「楽しみですね」
 騎士はそっと瞼を下ろし、
「ふふ」
 ゆっくりと上げた。






 この国は、ない。
 一月前攻め入られ、焼き払われた。
 辛うじて残った王宮には、逃げのびた王女と護衛の騎士がいる。メイドも、王も、焼けてしまった。
 王女とお付の騎士一人だけになってしまったこの国は、もう誰も住むことは出来ない。
 けれど、騎士は飽きずに側近くに仕えた。王女の愛した髑髏と共に、ずっと王女の側で、王女を守り続けた。


「ふふ」
 王女の笑う声が、王宮に小さく響いた。

     
return
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -