いつか必ず死ぬことを、それでも忘れられない
そして、彼はゆっくりと目を閉じた。
今日、祖父が死んだ。
祖父は、孫の中でも殊更に自分を可愛がってくれた。遊びに行くとおいでと手招きし、膝の上に乗せてくれた。祖父の読む新聞は難しかったけれど、温かい膝の上が大好きだった。
その日は、頑張って泣くのを堪えた。
葬式も終わり、一人で泣いた。
まるで、世界中からたった一人だけ、自分を可愛がってくれた人がいなくなってしまったみたいだった。
今日、友人が死んだ。
あまり人付き合いが得手ではない自分と長年親しくしてくれた友人で、そう多くない友人のうちの一人だった。
祖父が亡くなった時も、よしよしと頭を撫でてくれた。
その日は、涙が堪えられなかった。
まるで、心の中からぽっかりと何かが抜け落ちてしまったみたいだった。
今日、曾祖父が死んだ。
亡くなった祖父の父親で、あまり付き合いはなかった。
けれど、亡くなった祖父の父親だから、大事にしたかった。
病院と自宅を行ったり来たりしていて、余命いくばくかと言われていたから会いに行こうと思った矢先だった。
その日は、泣けなかった。
次の日も、またその次の日も泣けなかった。
まるで、自分が酷い人間になったみたいだった。
今日、片割れが死んだ。
ずっと孤独に耐えてきて、見守っていた。けれど、とうとう耐えきれなくなって、いなくなってしまった。
その日は、泣けなかった。
暫くしてから、泣いた。
けれど、それはなんのための涙なのか分からなくなった。
口から出る言葉が虚言みたいで、寒々しいと思った。
今日、曾祖父が死んだ。
まだ生きている祖母の父だ。
あまり自分を可愛がってくれなかった。
けれど、遠い昔に可愛がってくれた記憶はなんとなくあって、複雑な感じだった。
その日は、泣かなかった。
ずっと泣かなかった。
死んでくれて清々すると言うと、真実を問う声が聞こえた。うるさい、と掻き消した。
今日、曾祖母が死んだ。
祖母の母だ。
自分を殊更に可愛がってくれて、多分祖父とこの人だけだと思う。
長くまで生きて大往生だった。
こっそり芋の天ぷらを思い出した。曾祖父の家に行くといつもあった。昆布巻きとか、もう今ではちっとも作らなくなった。
その日は泣かなかった。
出棺前、耐えきれなくなってぐちゃぐちゃに泣いた。
なんで自分がこの人の一番じゃなかったんだろうと、挨拶をする人を見て思った。
今日、祖父が死んだ。
父親の父親である。
理由は、知らされなかった。
会ったこともない人だった。悲しめばいいのか分からなかった。
その日、泣こうとして泣けなかった。
この人は自分を可愛がってくれたんじゃないかと思って、手の中から何かが消えた気がした。
沢山の死を見てきた。
そして、その度に生き甲斐にしていた人を失った。
この人さえいれば、と立ってきた。
でも、もう何を生き甲斐にすればいいのか分からなかった。そんな人ももういない。いても、また死ぬんだと思った。
そうしたら何もかもが無駄足だった気がして、ひっそりと自殺を選んだ。
目を覚ました時、真っ白な世界が広がっていた。
けれど、それは人工的なものだった。失敗を覚った。
口にはマスクのようなものをつけられて、二次元の中みたいに「シュコーシュコー」と言っていた。
傍らでは、父と母が泣きじゃくっていた。
生きていてよかった。と、涙を流していた。
もう二度と離さない、行かせないとでもいうようにしっかり腕が掴まれていた。
まだぼんやりする目線でまじまじと眺め、脳内整理に勤しむ。
今日も明日もまだ生きて行かねばならない。こんなに大きな重荷をいつのまにか背負っていたことに、少しくたくたになりながら、そうやって生きなければならない。
そうして、彼はゆっくりと目を閉じた。
喉奥から何かせりあがり、熱い。息をするのも苦しい。
音もなく、目尻から水が集まり、やがて溢れた。
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