苗字はまだ決まっていない祐仁と聖月花梨の場合
「祐仁!」
 名前を呼ばれ、振り向く。
 笑顔で手を振っている男がいた。
 だが、生憎と記憶に残っていなくて首を傾げる。
 ダメだ。スーツを着ているとみんな同じ顔に見える。
「誰?」
 うんうん考えて、やっぱり分からなかった。
 正直に訊ねると、男はガックリと大袈裟に項垂れて見せた。
「おいおい、お前なぁ。中学の同級生の顔くらい覚えとけよ」
「中学? ごめん。誰だっけ?」
 中学なんて三年以上も前だ。
 今でも連絡を取り合っている友達もいるが、取り合っていない友達はそれ以上だ。検索をかけてみてもすぐには出て来ない。きっと高校の友達に押しやられているのだろう。
「俺だよ俺! 聖月花梨!」
「ああ! 聖月か!」
「おいおい……」
「悪ぃ悪ぃ。友達多すぎて分かんなかったぜ」
「おい……」
 ハッキリと、邪気のない笑顔で告白され、聖月は怒る気にもなれなかった。
「って、聖月もここに入ったのか?」
「おう。またよろしくな」
「ああ、こちらこそ!」
 太陽のような笑顔と、祐仁に似合う明るい茶髪が聖月の笑顔を誘った。
 入学式も終わり、講堂前には人が溢れていた。
 高校からの友人達と丁度別れたところだったので、久々に顔を合わせた懐かしさも相俟って、聖月とカラオケに行くことにした。
「しっかし、またお前と一緒かぁ。愉快な大学生活になりそうだぜ」
「そうか?」
 きょとんと目を瞬かせる祐仁に、相変わらずだなと笑う。
 底抜けに明るくて、裏表がない。付き合いやすいが、偶に見える天然に呆れることもしばしばである。知らずは本人ばかり、といったところか。
 聖月は全く変わっていない男に懐かしさを覚えた。
 そして、呆れた。



     
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