まだ名前も決まっていない少年の場合
「外」はとても怖いところ。
 一歩出れば、無数の目が僕を見ているようで。
 僕を変だって嗤って、指さして、じっと見てくる。
 だから「外」は怖いところ。
「外」はとっても怖いところ。

 春。
 桜の花びらが出迎えてくれる季節。
 僕は大学に入学した。
 新入生を歓迎する上級生。チラシを配る大人。談笑する一年生。
 人がぎゅうぎゅうに詰め込まれているみたいだ。
 人の波に逆らわず、流されるままに講堂へ進む。
 朝一番から行われる入学式までは後十分程度。ちょうどいい時間だけれど、この人の多さではもしかしたら間に合わないかもしれない。
 だからといって、人を押しやって前に進むことも出来ない。ただ一抹の不安を抱え、腕時計と睨めっこするだけだ。
 本当は不安なんて一抹どころの騒ぎじゃないのだけれど。
 講堂に着くと、中まで波は続いていた。
 いい加減うんざりして、小さな溜息を洩らした。
 人ごみは好きじゃない。肩がぶつかるくらいの人の中に飛び込むことなんて滅多にない。既に気疲れしていた。
 講堂に入り、指定された場所に並ぶ。文学部は西口。
 待機列には既に多くの人が受付に並んでいた。
 最後尾に並んで待つ間、他の学生を横目で見遣る。
 既に会話を楽しんでいる人もいる。大人しく待っているような人も決して一人になるような感じには見えない。
 僕のように一人はあまりいない。
 目立ってしまわないように、小さくなって順番を待った。
 受付を済ませると、中に入る。
 むんと熱気が伝わってくる。
 ずらりと並んだ椅子。着席し、式を待つ人々。
 みんなが僕と同じ新入生だということに不思議な感じがあった。
 どうして? 怖くないの? どうやったらそんな風に笑えるの?
 既に心臓が口から飛び出してきそうな僕とは違い、新しく始まる学生生活に目を輝かせている。そこに不安はあっても、期待が上回っていた。
 席は殆ど埋まっていた。一番後ろに程近い席に着き、静かに式を待つ。
 隣は女の子だった。可愛くて、ギャルぽいかんじじゃなく、最近の子って感じ。
 後から僕の隣に座ったのは、男だった。こちらはギャルぽい感じ。
 ここだけ異空間に包まれているみたいで居心地が悪い。
 せめて身体がぶつからないようにしよう。
 僕は小さくなって、式が早く終わることを祈った。

 入学式が終わるとすることはない。
 僕はさっさと大学を後にして、帰途に着いた。
 これ以上人の中にいたらおかしくなってしまいそうだった。
 出来るだけ人の顔を見ないように、イヤホンをつけて音楽をかけて視界も聴覚も閉ざす。
 ロックがガンガン響く。
 外の音も全然聞こえないくらい、バカデカい音に包まれる。
 やっと息が出来るような気がした。ほんの少しだけ。
 帰り道でも人は多くて、うんざりしながら歩く。
 新入生を迎える桜が今だけは嫌味たらしい。
 アパートに着くと、新しい部屋が迎え入れる。けれど、まだ自分の部屋って感じがしなかった。
 なんとなく疎外感を味わい、それを打ち消すようにパソコンを起動させて音楽をかける。
 イヤホンから流れていた曲が、今度は大きく響く。
 少し心が落ち着く。
 部屋着に替えて、パソコンの前に座る。
 お気に入りの椅子に座って、画面と向き合う。徐々に落ち着きを取り戻していく。
 その後、お腹が盛大になっても僕は画面の中の世界に熱中し続け、吐きそうになって手足の力が抜けるような感じがするまで向き合った。

     
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