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―――――愛しているよ。

俺も、だとは一度も返すことが出来なかった。

―――――聖さえいれば何もいらない。

不安がる俺に、ふっと笑った。

―――――聖といられるなら、なんでもいい。

それが仮令誰かの犠牲の上に立つものだとしても。いや、それすらなんでもないことのように。
狂っているのだろうか……深淵の闇の淵から迫り来るかのような。ひたりひたりと迫り、追いつめられる感覚。
だが、怖いとは思わなかった。寧ろ、心は惹きつけられた。





だけど、もう―――――。










「シャンパンタワーいっきまーす!!」
歓声のコールがあがった。拍手のシャワーに、男は快感の表情で受け入れた。
グラスで作られたタワーにシャンパンが注がれる。一本、二本、三本……と、なみなみと注がれる。零れても尚注がれ、床にまで侵食する。ボトルは後十本はある。
「セイ、いっきまーす!!」
全て注ぎ終え、グラスをとる。満杯まで注がれたシャンパンは、手に取っているだけでぽたぽたと水滴が落ちていく。
コールがかけられ、男は観客の期待に応えるように声を浴び、もったいぶって見せた。
頂点にまで達したところで、男は制止をかける。
しん、と静まり返る。しかし、その表情には期待に満ちたものだった。
男はにっとニヒルに笑んで見せ、一気にあおった。男の喉をシャンパンの極上の味が通っていく。そこらへんのものとは違う、庶民なんかには到底手が出せない代物であると口に含んだだけで分かった。
これを味わっているのは、俺だ。
次々とシャンパンを嚥下していき、ついには最後の一つとなる。客もホストも祭りに心を一つにした。
そして、
「ごちそーさん」
男は、空になったグラスをさかさまにした。
どっと歓声があがった。
全て空にしたことで、オーディエンスのヴォルテージも最高潮に極った。
男はそれに応えながら、席へと戻った。
「おかえり」
「礼を言うぜ」
人のいい笑みを浮かべて出迎える客に、男は不敵に笑った。
客に対するものとは思えない言動は、男にのみ許されたものだった。
この店どころか、この町で一番ともいえる男。端整で甘く、それなのに荒くれ者のような言動は客受けする。ギャップがたまらない、と、男は許される。
そこらへんのイケメンとか呼ばれている者たちとは違う、一線を画した存在。
何をしても許される存在。
それこそが、男の専売特許なのだ。
「大丈夫かい、あんなに飲んで」
「こんなの序の口。ホストが酒のんでぶっ倒れてどうすんだよ」
「お酒強いんだね」
「弱かったら引っ込んでるよ」
軽口の応酬に、男は気を良くする。
男を気遣うこの客こそがシャンパンタワーを何十本も注文し、男を指名したトンデモ客である。
この界隈で頂点に立つと雖も店自体はそこらへんの客が来るような、高級クラブなんて言えないお粗末な店だ。
しかし、客は何を気に入ったのか、来店するたびに男を指名し続ける―――この店の頂点に立つセイを。
それでも客は客。セイは客から金さえ貰えるならば構わなかった。所詮、店内だけの関係。
だが、同時に、この客に言い知れぬ不気味さも感じていた。中年に差し掛かっていると思しきこの客は、何を好き好んでこの下界とも言える町にわざわざ来るのだろうか。いくらセイがこの町の頂点に立つと雖も、所詮はそこらへんのクラブ。
金を持っているならば、それに見合ったところへ行くのが常だ。仮令、気に入っているホストがいようとも。
更に言うのならば、セイはホストであり、キャバ嬢ではない。つまりは、女ではないのだ。
一体、このオッサンは何がしたいのか……。
店内だけだから相手に出来るようなものである。
怪しむセイをよそに客はふっと微笑んだ。
「じゃあ、もう一本」
指を一つ立てる。
「へ?」
「一番高いのをいれちゃおうかな」
「は?」
「だって、お酒強いんでしょう?」
「いや、でも……」
既に客はとんでもない数のシャンパンを開けていた。勿論、売上に繋がって喜ばしいことではあるが、余計な妬み嫉みに巻き込まれかねない。
それに、この客の財布事情を把握しきれていないのだ。シャンパンだけならまだしもこの店で一番高いものを追加だなんて、財布の底が案じられるというものである。
ここまで酒を入れておいて、払えません、なんて逃げられてもらっては本末転倒なのだ。
しかし、客はそんなセイの心中など察しているかのように、淡く微笑んだ。
まるで全てを見透かすようなそれに、先ほどとは異なった意味で肌が粟立った。

「だって、誕生日でしょう?」
「そ、れは……」
「だから、ね?特別」
客は、だだをこねる子供のように上目遣いでセイを見つめた。
「代わりにお願いしてもいい?」
「お、ねがい……?」
「そう。いい?」
「何を……」
この時、既に嫌な予感はしていたのだ。どろりとした、まとわりつくものを肌に感じていた。
けれど、セイは抗えなかった。
それはもうセイが客の掌中にいることを暗に示していたのかもしれない。とは、後で思ったことである。
客は、セイの手にそっと同じものを重ねた。大きくて、年を重ねた男らしい手だ。
どきり、と胸が鼓動を打った。
「聞いて、くれるかい?」
「あ………」
「ん?」
是も否も口には出来なかった。呑まれそうな客の闇に、パクパクと口を開閉するしかなかった。宛ら鉢の中に囚われた金魚のようだ。
客はそれを是ととったのか、セイも驚くような提案を申し出た。
「今日、アフターをしてほしい」
息を呑む間もなかった。
セイは、客の目に吸い込まれてしまった。










     
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