三
「ほんっとありえないですよ詐欺ですよ」
世子柳炯は頬を引き攣らせた。
「何が料理も裁縫も修めましたですか。まだ修得中じゃないですか。それをいけしゃあしゃあと『これから修めます。どうです? 良妻賢母でしょう。健気な良き妻です』ですか。ええ、ええ。可愛いですよ。惚れた欲目たっぷりですよちくしょう」
「あ、義兄上」
「まあ、弟達が口を揃えていい姉だと押し売りしてくれたおかげで騙されたと思えば仕方ないような気もしないでもないですがね」
それにしても一国の公主が料理裁縫よりも剣が得手とは、これは一体どういうことか。
事実を知り、芽凌は嫁にいけない娘を押し売られた夫の気分だった。
実際はすったもんだの末の恋愛結婚であるのがせめてもの救いか。
「義兄上。あの……」
今年十八になろうとしている世子は、突然の義兄の来訪に頭が上がらなかった。
昔から高嶺の花と謳われ、嫋やかで白梅が似合うような姉ではあったが、こと芽凌に関してはぶっ飛びすぎるきらいがあるようだ。おかげでこの年になって漸く弟である苦労をさせられている。
だが、少し前まで、彼らの中では尊敬する姉であり、姉もその役目を全うしていてくれたので差引零だろうか。いや、不足が出ているような気もする。
「義兄上、姉上は……」
「……」
無言の訴えに、今度こそ頭を抱えたくなった。
現在、蒄珎公主は身籠っている。
芽凌に嫁ぎ、三年目にして漸くの懐妊である。
料理や裁縫を覚えるのに三年かかり、その間身籠るようなこともなかった。
やっとか。という思いと共に、これからか、という気持ちもある。
父王あたりは溺愛する娘の懐妊に諸手で喜びそうだ。
「まあ、別にいいんですけど」
最後にそう締め括るのも、最早恒例である。
世子は、溜息を零した。
つまり、芽凌は不安なのである。
結婚して三年。想いを向けるには十分な期間だった。
やっと妻として大事に出来るようになってきた矢先の懐妊。剰え、悪阻も酷く、まともに食事も出来ないという。立っていられる時間の方が少なく、ほぼ一日を床に臥せているというのだから落ち着かないのだろう。
妻をまだ持たない世子には分からないが、姉を案じる弟としては分かる気がした。
「大丈夫ですよ、義兄上」
大丈夫。きっと。
あの混沌とした宮中に、明るい光を射しこんでくれた少女ならば。
彼らの姉ならば。きっと。
「分かっています」
大丈夫にするんですから。
続いた言葉に、世子は笑った。
鼎明十年。公主蒄珎、諱を柱。張芽凌に降嫁。
明皓一年。蒄珎公主、女を産む。
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