深い水底。黒い青が世界を象り、ふわふわと宙に漂っているように足元が覚束ない。否、存在しない。
 青だ。ここには、青しかない。
 ぷかぷかとクラゲ宛ら浮いていると、一筋の光が射しこんできた。黒い青を刺すようだ。
 あんまりにもその光が眩しいものだから、つい手を伸ばしてしまった。
 光を、掴む。
 しかしながら、掌を解いても光はなかった。端から掴んでいないのだと言うように。
 光は変わらずそこにあった。
 もう一度、手を伸ばす。
 今度は光に近寄ってみた。ぷかぷかとただ浮いているだけだった青色が掻く度に形を変え、表情を変える。
 光は徐々に遠くなる。
 光へ、光の方へ手を伸ばす。
 そして、黒い青色の世界が明るく色を変え、一瞬にして白一色へと変わった。
 視界が開けると、そこには灰色しかなかった。
 語弊というには何もなさすぎた。雲も、太陽もなく、あるのは灰色。それが空だと納得するには些か様相が異なりすぎる。
 沖に上がり、見上げた空は変わらなかった。どころか、海も灰色なのだからいよいよ納得せざるを得ない。無理矢理に納得させられたようでいい気はしないが。
 ぐっしょりと濡れた服を絞る。
 暫く空を眺め歩く。
 灰色だ。見事なまでに灰色だ。
 ふと、掌に砂を抱えていることに気付いた。
 さらさらと、砂は掌から流れ落ちていく。それなのに、いつまでもいつまでも途切れることなく、まるで砂時計の中で回るように流れ続けていく。
 砂浜に零れ落ちていくそれらは、どれがどれだったかなどわかるはずもない。
 足跡の上に落ちた砂を眺め、諦めた。
 やがて、さらさらと流れ落ちていくのは掌の上からだけではないことに気付いた。
爪先から痛みもなく、崩れ落ちていた。爪は僅かほども残っておらず、土踏まずあたりまで浚われており、よく今まで気付かなかったもんだと逆に感心する。
時を追うごとに足は浚われ、それは膝、腿、腰、腹と徐々に上がっていく。
足を浚われた頃には、歩くこともままならなくなっていた。
ずず、ずず、と歩こうとするだけのものがそこにあるだけだ。
それでも、掌の砂を大事そうに抱えていた。
いや、事実大事だ。
確信でも直感でもない。この砂の一粒一粒が大事だと思った。
大事だ。
抱えて、持っていきたいほどに。
けれど、一緒には行けない。掌の砂はここまで。
その先へ行かなければならない自分とは、行先が違う。だから、一緒に歩くことは出来ない。
今だけは。こうして、今だけは抱き締めて歩いていこうと思った。
大事で、だから。
とうとう上半身を浚われた。
砂浜に倒れ込む。否。最早、その表現でさえ正しいものではないのかもしれない。
優しい砂の感触が肌に張り付くようになって、まるで自分のひとかけらずつを吸い取られていくようだ。眠るように目を閉じた。
さらさらと、音が耳を掠める。
大事だ。
この砂の一粒一粒が、きっと大事にしてきたもの達。
大事で、だから。
ずっと、大事だ。
だから――
そうして、ついに「自分」が浚われたのを感じた。

だから、ずっと待っているよ。
だから、ずっと待たせてね。
     
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