空が、広がる。
 何ものにも遮られることのない真っ青な空は、雲を鏤めて悠々と流れる。
 その下を、緑の生い茂る地上が広がる。覆い尽くす青々とした草原。そよそよと風に浚われ、身を任せ揺れる。
 ずっと彼方では、青と緑の色違いの「青」が交わっていた。
 まるで、世界に「青」一色しかないかのよう。
 真っ白なワンピースが、ともすれば「青」に染まり、いつしか同化してしまいそうだ。
 ひらひらと、風に乗るワンピースを抑えた。
 真っ白なワンピースは「青」の中で目立つはずが、強烈な二色の存在感に押されて溶け込んでいた。
 ふと、唐突に麦わら帽子が風に飛ばされてしまいそうになった。
 慌てて押さえ、安堵する。
 風は、強くない。
 けれど時折、思い付いたように、風が勢いを孕んだ。ワンピースや麦わら帽子を物珍しがってちょうだいと駄々をこねる。
 ワガママな風はきっとこの「青」の色だろう。
 目線を上げ、視界いっぱいに「青」を映す。
 綺麗だ。
 美しい。
 たくさんの美辞麗句は浮かぶのに、多分どれも違うような気がした。言葉としては正しいのに相応しくないような。
 不思議と心は凪いでいた。
 大海の空、草原の足元。ワガママな風。全てが心を落ち着かせていた。
 ごろんと寝転がってみようか。惰眠を貪って、この「青」を味わってみようか。
 思わず笑みが零れる。なかなかにいい案かもしれない。
 しかし、それを止めたのは予想だにしなかった声が聞こえたからだった。
 それは、いくつもの自分を呼ぶ声。
 たくさんの声が聞こえた。
 耳を澄ませると、それは足元の草からだった。
 先程まで青々と生い茂っていた草が、仄かに灯る。
 声は次第に増えていき、あわせて灯る草も広まっていく。
「青」が、「光」に変わっていく。
 息を飲んで、様子を見守った。
 その間にも声は呼ぶ。
 否。それはどちらかと言えば、呼んでいるというよりももっと別の……そう、まるで引き留めるような。
 それが引き鉄だった。
 走馬灯宛らに蘇る記憶。頭の裡に次々と詰め込まれていくそれらは、おかしく狂ってしまいそう。
 ああ。そうだ。正しくそれは引き留めているのだ。
 引き留められているのだ。自分は。
 漸く蘇り、思い至った記憶に引きずられ、熱いものが頬を伝った。
 喉が焼け付く。声が聞こえなくなるのが嫌だった。
 たくさんの自分を呼ぶ声が、こんなにも惜しい。ひとつも聞き逃さず持っていきたいのに、掌はあまりにも小さくて、抱き締めるには大きすぎて。
 せめてと、聞き漏らさないことに決めた。嗚咽も堪えて、耳を澄ます。
 ああ、なんて。
 なんて……。
 こんな風に思うことなどなかった。声は、声でしかなかった。
 けれど、今、思う。痛烈に。
 なんて愛しいんだろう。
 愛している。
 愛している。
 自分をひっきりなしに呼ぶ声を。心が千々に引き裂かれるくらい愛している。
 もっと。もっと呼んで。引き留めて。
 抱えきれないくらいの声といっしょなら大丈夫だから。
 だから、呼ばせて。
 届かなくてもいい。
 ひとつひとつの声を呼ばせて。
 呟き零れた声は、愛したものの数だった。
 こんなにたくさんのものを愛したことが嬉しかった。
 愛している。
 この声が、連れて行ってくれる。手を繋いでくれる。
 それがこんなにも嬉しい。
 愛してる。
 愛してる。
 だから、どうか――
 



 どうか、愛していてね。













 ぽつ、ぽつ、と「光」が灯っていた。
 そして、最後に大きな「光」が灯って、淡く消えた。
     
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