タイムリミット
 タイムリミットが過ぎた。
 相変わらず、殺意だけは持ち合わせていた。最早それこそが生きる原動力になっていたのかもしれない。
 タイムリミットが過ぎ、終わりのない追いかけっこが続いていた。
 その矢先の出来事である。
 タイムリミットが蘇ったというではないか。
 希望が、見えた。
 まだだ。まだ大丈夫。まだ立てる。
 殺したい。
 殺してやりたいほど憎んでいる。
 けれど、それは恐怖の象徴だ。もう目につかないところに閉じ込めてしまおう。
 タイムリミットまでは時間がある。蘇るまでだ。それまで逃げられれば。希望が突き動かした。
 追ってくる。
 にたにたと気色の悪い笑みは消え、焦りが浮かんでいた。血眼になって探している。相手にも猶予はない。
 逃げた。
 最悪を想定し、常に周囲に気を配っていた。疲れなどなかった。タイムリミットが来るまでのことだ。蘇れば、もう逃げる必要はない。思い出すこともなく、目にもつかない、気配もないところに閉じ込めてしまえばいい。
 長らく追いかけっこは続いた。
 そして、迫る蘇りの時。
 それまでの余裕は片鱗すら見当たらない。
 希望だけを胸に、逃げる。
「助けてくれ!」
 縋った。名前も顔も知らない人だ。その人は驚いたように目を丸くしている。
「追われている。タイムリミットまでに逃げられればいい。だから、助けてくれ!」
 その時、迫る猛威があった。
 来たか。
 私は逃げた。影に隠れ、身を潜める。
 幸いにも反対側へ行ったので事なきを得る。だが、まだ安心は出来なかった。
 すぐに戻ってきて、逃げる姿を捕えられる。
 逃げる。
 追う。
 逃げ隠れ、同じ方向へ行くのを待つ。
 行った。
 そして、また戻り、物陰に隠れる。いないと気付き、戻ってきた。
 すぐ上を通っていく。
 通り過ぎていくのを待ち、タイムリミットを確認する。
 もうすぐだ。
 もうすぐ。後少し。
 反対側にまた現れる。人ごみに紛れ、隠れた。
 もうすぐ。
 もうすぐである。
「もうすぐよ!」
 姉が、言う。
 ああ、もうすぐだ。
 カウントダウンが始まった。
 人ごみに紛れ、見つけられずにいるのを遠くから眺める。
 十、九、八。
「もうすぐね!」
 涙交じりに、姉が言った。
 頷く。
 七、六、五、四、三、二、一。

 ゼロ。

「やった!」
 姉が飛び上がる。
 茫然と、涙を流すしか出来ない私の代わりに喜んでいてくれるようだった。
 気付けば、先程助けを求めた人達も喜んでいる。
 ああ、やった。
 終わった。
 タイムリミットは、蘇ったのである。
 喜びが胸を打ち、滂沱と涙が流れる。
 長かった。長い長い逃亡の旅だった。
 終わりを噛み締め、穏やかに生きれることを喜んだ。
「まてぇえええ!」
 だが、妄執は生ける怪物となって現れた。
 身体が固まる。
 姉の目からも喜びが消え失せ、蒼褪めている。
 逃げた。
 姉が何かを言ったのかも分からない。
 瞬間的に、逃げた。
 妄執は姿を変え、化け物のようになっていた。姿形は変わらない。けれど、その執念は明らかに黒く淀み、今までとは違う目で追う。
 しかし、最早時間は味方だった。
 妄執の権化を取り囲み、抑え込む助け。
 守る盾。決して近寄れないように立ち塞がっている。
 暴れ狂う妄執を見下ろす。
 どうだ。ざまあみろ。精々餌でも食いながら一生出てくんな。
 もう怯えることもない。逃げ続けることもない。
 やっと、生きることが出来る。
 何におそれることもなく自由だ!
 
     
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