夢路の郷
女の生まれは貴族に名を連ねる家だった。父は朝廷に仕えて長く、母も王家に名を連ねる生まれだった。
女に兄弟はなく、生まれてすぐに兄を迎えた。兄は、父の一番上の兄の末の子だった。女は兄と呼び慕い、兄も女をそれはそれは可愛がってくれた。
兄が外から女を迎えてから、女も外へ迎えられた。相手は旧い名もない商家だったが、女を丁重に迎え入れてくれた。
女は朝に夕によく仕えた。酒や女、博打の癖が抜けない男ではあったが、女は傲ることなく、父や母にもよく仕えた。
よく出来た女を貰ったと、よく知る人たちは言う。男には勿体無いくらいよく出来た、やんごとなき方だと。人の口に乗せられた言葉にも女が耳を貸すことはなかった。
やがて、女は娘を産んだ。残念ながら、女は二度と宿せぬ身体となった。
しかし、女は娘をそれはそれは可愛がり、教養を学ばせ礼節を教えた。男に似ず、娘は女によく似た。
男は外に多く女を作り、帰ってくることの方が珍しかった。娘の顔も知らない兄弟は何人いるかも分からない。女はそれでも男を見送り、言葉一つ男に漏らさなかった。
娘が成長した頃、父の商いが敗れ、一夜にして米を買うこともままならぬ生活となった。加えて、男が博打や酒、女に使った金が足りず、追われる身となった。
女は昔に出た家を頼ったが、兄は男の話をあまりよく聞かず、女に帰ってこいと言うばかりだった。娘を置いて、新しい家をやると。
女は男に仕えているから出来ないと断ると、兄は首を横に振って追い返した。
昔の父や母もとうに亡いので、女は兄の女を頼った。兄の女は、僅かばかりの金銭をくれたが、それでは足りず。かと言って、兄の女もそれ以上は出せない。泣く泣く帰った。
家に帰ると、娘はいなかった。父と母と男が顔を揃え、首を長くして待っていた。
女は金銭を手に、これ以上は、と首を振ると男は激昂した。お前の家は、金を引き出しの奥に隠すのか、と女を殴った。父と母はそれを止めず、役に立たないと溢した。女は眼に涙を浮かべ、申し訳ありませんと頭を下げた。男は女の頭を踏みにじり、蹴り、名ばかりの家に生まれた子も作れないお前を貰ってやったのにと言葉を浴びせた。申し訳ありません、申し訳ありません、と女は謝るばかりだった。
男は女の髪を掴み、のしのしと外へ出た。女は痛い痛いということも出来ず、涙を溢し謝るばかりだった。
そこへ、娘が駆け現れた。男の脚にすがりつき、やめてくださいと泣いた。女はやめなさい、やめなさい、と嗜めるも娘はやめない。男はうるさいと娘を蹴り飛ばした。
娘はああと倒れ、女は急いで駆け寄った。大事はないか、と呼び掛けるとうっすらと目を開ける。娘は女に大事ありませぬか、と真っ赤になった頭で問う。大事ない、大事ない。あなたが大事ではないですか、と女は泣く。
男は舌を打った。ずかずかと二人の元へ足音を近付ける。
女は娘の小指をとった。約束ですよ。何れまた迎えに来ます。それまで待っていてください。
娘は朧気となりながらも辛うじて頷き、ぱたりと意識を失った。女はおいおいと娘を抱き泣いたが、男は娘を蹴り飛ばし、女の髪を鷲掴んでのしのしと歩き出した。女は娘の名前を呼び続け、誰も助けてはくれない娘の無事を願った。
男は女を売った。貴族に名を連ねる家に生まれ、王家に名を連ねる血を持つ女は、春を売って男のために金を作り出すことを強いられた。
女はやんごとなき方だということで、それはそれは大々的に売り出された。泣けば主に鞭打たれ、金を作れなければ男に鞭打たれる。
最初の客はでっぷりと太った男で、女には劣るもののそれなりの家の生まれだった。朝廷に口聞きし、お抱えの商い人に金を貰って腹を満たすことで有名だった。既に内に二人女を抱え、どちらも若くして亡くしているという。三人目の女も病に倒れ、外には数多囲っている。
客は君の悪い笑みを浮かべ、女に酌をさせた。女は酒を注ぎ、客は美しい女に気を良くしてすぐに高揚した。
日も高い内に女を褥へ転がし、着物を脱がせるとねっとりとした目で舐めるように観た。女の白く、艶やかな肌は触れればしっとりとしており、弄ると跳ねて紅潮する。まるで若い生娘のようだ。
客は早々に茂みの奥の秘孔を舐め回し、じゅぶじゅぶと涎を滴らせた。女が嬌声をあげるのをよしとして、舌でつつき、味わい尽くした。
秘孔を破ると、乳房を舐り、舌で転がした。女の足を舐め、唇を侵食し、漸く満足した頃には女は髪を振り乱し気を失っていた。
客は女の秘孔に何度も注ぎ、日が昇り沈んでも解放することはなかった。
それから、女は大勢の客をとった。男はそれをいいことに、次々と金を無心し、女は休む間も無く客の相手をすることになる。先に入った女に客の前で遊ばれては、客を悦ばせる
ために芸事も身に付けた。いつしか女は国一番となり、客を選んでは一夜の女となってやった。
男は主のように女から金を毟り取り、父や母は女を蔑んだ。
やがて、女はおとどの女となった。おとどは先の王の時に朝廷に仕え、おおきさきと娘を迎えていたが、女に傾倒してからは素っ気なくなり。それが災いして娘は病に倒れた。
新たに迎えられた女は生まれがよくとも、多くの客を惑わしてきた妖女だとおおきさきは蔑み、女に酒瓶を投げつけた。女はおおきさきの所業に涙を見せ、おとどは慌てて家に取って返した。
おとどは泣き伏す女を慰めた。
しかし、それから一月と経たぬ間に、王が忍んで足を運んだ。風に聞いた女のかんばせを一目見ようと、物陰からこっそりと女を覗いた。
王は花も恥じらう女のかんばせに魅入られ、おとどの家ということも忘れて近寄った。女は驚き目を丸くして、おかえりください、と素っ気なくした。ほうと魅入られた王はそれすらも美しいと息を飲み、女を抱いた。
女はおやめください、おやめくださいと泣いたが、日が沈むまで解放されることはなかった。
次の日、女はおいおいとおとどに泣いてこの命を絶ってくださいと言う。どうしたとおとどが聞いても、ただただ泣くばかり。
困っていたところへ、女の側仕えの娘が事の次第をこっそりと教えた。おとどは醜聞に怒り狂い、女を殺してやると刀をとった。
女は恐れおののき、けれど退くことなく首を差し出した。
ぐうと唸り、刀の収めどころもなくなったおとどは、女を慰めた。
そして、その日のうちに仲間を集め、王の首をとり、新たな王を立てた。先の王の生まれたばかりの娘は、言葉もわからない御年であったが、おとどはこれはいいと娘にあれやこれやと口出しした。そして、女を蔑んだおおきさきを奥宮に閉じ込め、朝廷をほしいままにした。
それをよく思わなかった殿上人は、女のせいだと寝首をかこうとした。が、その美しさに刀を落とし、女の乳房に顔を埋めた。
おとどはまたもや怒り狂い、殺せと命じたが、殿上人はおとどを切り殺した。そして、女を迎え、自分の女を追い出してしまった。
女はおとどが怖かったと泣き、その涙は忽ち玉のごとく光る。殿上人はこれは瑞兆だと、女王を追い払い、小さな兄王を立てた。
聞けば、女はやんごとなき見にあれど、嫁いだ家に蔑ろにされ、生まれた家には袖にされたというではないか。殿上人は女を哀れに思い、女の男だった家を末まで殺し、生まれた家の者も全て殺した。
女はありがたやと泣き腫らした。
されど、この殿上人は上達部に殺された。女は逃げ果せることも出来ず、現れた上達部に縋り付いた。
上達部は女の美しさに魅せられ、哀れに思い、迎え入れることにした。先に女がいたので側に置いた。しかし、女の美しさに日毎に先の女が疎ましくなり、追い出し、ついには女をきちんと迎え入れた。
上達部は朝廷によく仕えたが、女に魅せられ、言うがままになり、とうとう民衆に殺されることになる。
民衆の先頭に立つのは、昔別れた娘の子供だった。
娘は女を覚えておらず、後に迎えた女に育てられたため、子供は女を仇と定めていた。娘も男も父と母も、先の殿上人に殺され、唯一生き残った子供は娘に仇を討てと小指を結んだのである。
子供は家の仇と、女を切り殺した。女は悲鳴をあげ逃げ回ったが、髪掴まれ、背中から掻き切られた。
それから、国は安寧を取り戻し、子供は朝廷に正しく仕えることになるが、毎夜魘されることとなる。夢に女が出てきて祟り殺してやると追いかけてくるのだ。
子供は陰陽師を頼った。陰陽師は、肉親を殺した咎が重く、夢に現れるのだという。なんのことやらと問うと、女は娘の母であると言うではないか。女は男によく仕えるも売られ、客に春を売って生きたのだという。そうして、男や父母だけではなく、小指を交わした娘まで殺してしまったというのだから可哀想であった。
子供は天に顔向け出来ないことをしてしまったと嘆き、女の菩提を建て、申し訳ありませんと詫び、腹を切った。陰陽師が駆け付けたが時すでに遅く、世間は女に惑わされたのだと言われることになる。
国には、おとどや殿上人、上達部、貴族を惑わした妖女として女は語り継がれることになる。
男によく仕え、娘を殺し、娘の子供すらも殺したことは誰も知らない。知る人は皆女が殺してしまったのである。
     
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